中東情勢緊迫化が世界経済と国際商品市場に及ぼした影響
概要
2026年2月末の米国・イスラエルによるイラン攻撃と報復攻撃を契機に、ホルムズ海峡の通航が困難となり、湾岸諸国のエネルギー生産・輸出が制約された。原油、天然ガス、ジェット燃料、肥料の価格は急騰したが、6月以降は戦闘終結に向けた覚書を受けて原油価格が低下した。一方、湾岸諸国の生産設備の復旧、天然ガス供給、アジアの原油調達、企業のコストや納期、家計消費にはなお下押し圧力が残る。各国・地域では輸入先の代替、備蓄放出、価格抑制などにより影響を緩和しているが、情勢と国際商品市況の先行きは不透明である。
要点
- ホルムズ海峡の制約がエネルギーの生産・輸送を同時に揺さぶった。
- 肥料価格が再び高騰すれば、食料品価格へ波及する可能性がある。
- 価格上昇は生産者物価、消費者物価、企業コストへ波及した。
- 湾岸諸国とアジアの実体経済への影響が特に大きい。
概要
2026年2月28日、米国とイスラエルがイランへの攻撃を開始し、イランは即日報復した。湾岸諸国の米軍基地やエネルギー施設への攻撃により、サウジアラムコの石油施設やカタール・エナジーのLNG関連施設が被害を受け、エネルギー生産能力が損なわれた。3月2日にはイラン革命防衛隊が、世界の石油消費の約2割が通過するホルムズ海峡の封鎖を表明した。
湾岸諸国は世界の原油生産の約3割、天然ガス生産の2割弱を占めるため、通航制約と設備被害は世界の供給不安に直結した。カタールのLNG輸出の約8割はアジア向けであり、日本、中国、韓国、インドなどが天然ガス供給の影響を受けやすい構造にある。
影響はエネルギー価格だけでなく、肥料などの非エネルギー資源、物価、物流、観光、消費へ広がった。ただし、2026年前半の主要国・地域の消費者物価上昇率や生産活動は、2022年のエネルギー価格高騰時ほど一律かつ大幅には悪化していない。
主要数値
- 米国・イスラエルによるイラン攻撃開始日
- 2026年2月28日
- 米国・イランの戦闘終結等に関する覚書署名日
- 2026年6月17日
- ホルムズ海峡を通過する石油の世界消費に占める割合
- 約2割
- 湾岸諸国の世界原油生産シェア
- 約3割
- 湾岸諸国の天然ガス生産シェア
- 2割弱
- ヤンブー港の2026年6月時点の貨物積出量(2025年平均比)
- 4〜5倍近い
- ヤンブー港の原油輸出能力
- 日量400万バレル程度
- ヤンブー港で賄えるサウジアラビア平時輸出量の割合
- 6割程度
- 日本のホルムズ海峡依存度
- 9割超(93.0%)
- 韓国のホルムズ海峡依存度
- 約7割(68.8%)
影響
原油価格は攻撃開始前日の67.02ドル/バレルから、2026年3月30日に102.88ドル/バレル、4月7日に112.95ドル/バレルまで上昇した。その後、停戦合意や覚書を受けて低下し、6月25日には70ドル/バレル台を下回り、攻撃開始前の水準に戻りつつあった。天然ガス、ジェット燃料、肥料も2026年2月27日から3月31日に、それぞれ59.0%、107.4%、50.0%上昇した。
肥料価格が50%近く上昇する場合、農産分野の国際商品価格は2026年に4%、2027年に8%上昇するとの試算がある。6月時点で農産物価格に大幅な上昇はみられなかったが、肥料価格が再高騰すれば、食料品価格の上昇を通じて低所得者層を中心に家計負担が高まる可能性がある。
主要国・地域では、燃料価格の上昇が生産者物価と消費者物価を押し上げ、企業では調達価格の上昇が販売価格を上回った。世界の製造業では納期遅延もみられ、企業収益とサプライチェーンに圧力がかかった。米国では消費が堅調だった一方、ユーロ圏では自動車燃料の消費減少が小売全体の伸びを鈍化させた。
詳細
ホルムズ海峡を通過するタンカー貨物量は3月初頭から大幅に減少し、6月半ばまでゼロ近傍で推移した。代替ルートではサウジアラビアのヤンブー港の積出量が増えたが、UAEのフジャイラ港は攻撃の影響で2025年水準を下回った。6月半ば以降は通航回復の兆しがみられたものの、湾岸諸国からの原油等の輸出は抑制された。
石油需給は、2025年から2026年初に日量200万バレル前後の供給超過だったが、2026年3月には日量560万バレルの供給不足へ転じた。IEAは、合意が維持される場合、2026年は日量90万バレルの供給不足、2027年は日量500万バレルの供給超過を見込む一方、操業面・政治面の下振れリスクを残している。
アジアでは原油輸入が減少し、中国の2026年5月輸入量は過去5年平均比で3割程度、韓国の4月は25%程度、インドの3月は過去4年平均比で3割程度落ち込んだ。備蓄放出や代替調達により、インドと韓国ではその後、過去平均のレンジ近くまで回復した。
湾岸諸国では生産・輸出活動の落ち込みが大きく、サウジアラビアの鉱工業生産は2026年3月に前年比15.8%減、財輸出量は22.7%減となり、実質GDP成長率は2026年1〜3月期に前年比3.0%へ減速した。カタールのラスラファン工業地帯は、設備の完全復旧に3〜5年を要する可能性がある。
政策面・企業行動では、各国が原油備蓄の放出、代替調達、ガソリン価格の減税・抑制を通じて供給不足と家計負担を緩和した。欧州ではホルムズ海峡依存度の低さ、再生可能エネルギーの拡大、化石燃料消費の削減により、物価上昇は2022年より小幅だった。航空分野では燃料高と欠航が運賃、物流、観光に波及し、ルフトハンザ航空は2026年10月までに2万便を運休すると発表した。