中東情勢緊迫化が世界経済と国際商品市場に及ぼした影響|第5章中東情勢が左右する世界経済の見通しと主要リスク
概要
米国・イラン間の覚書署名後もホルムズ海峡の通航量回復は限定的で、中東情勢の先行きは不透明である。IMFとOECDは、エネルギー生産・輸送の正常化時期に応じた複数シナリオを示し、2026年は物価上昇率が高まり、実質GDP成長率が低下すると予測している。長期化すればエネルギー不足、肥料・食料価格上昇、供給制約を通じて世界経済をさらに下押しする。加えて、金融市場、米国の通商・安全保障政策、重要物資の輸出管理、中国の不動産停滞が下方リスクとなる一方、AI関連投資・輸出は上振れ要因となり得る。
要点
- 中東情勢の不確実性が、世界経済の最大の変動要因となっている。
- エネルギー供給の正常化が遅れるほど、物価上昇と成長低下が深刻化する。
- 輸出管理と中国不動産停滞は、供給網や需要を通じて各国経済に波及する。
- AI関連投資は成長の押上げ要因だが、株価再評価や採算悪化が反転要因となる。
概要
6月中旬に米国とイランが戦闘終結に向けた覚書へ署名し、原油価格は事態発生前の水準近くまで落ち着きつつある。しかし、ホルムズ海峡の通航量の正常化には時間を要し、署名後も散発的な攻撃が報じられている。
IMFは、2026年央までに中東地域の生産・輸出が正常化する基本見通しに加え、紛争長期化・エネルギー価格上昇の悪化シナリオと、エネルギーインフラのさらなる損傷を想定する深刻なシナリオを示した。いずれも2026年の世界の消費者物価上昇率は2025年を上回り、実質GDP成長率は2025年を下回る。
OECDは、2026年4―6月期後半から湾岸諸国のエネルギー生産と海上・航空輸送が徐々に正常化する短期的な混乱シナリオと、湾岸諸国のエネルギー生産が2027年7―9月期まで2026年3月の水準にとどまる混乱長期化シナリオを示した。
複数機関の見通しは、情勢が軽微に収束する場合でも過去の平均的な成長を下回り、長期化すれば世界金融危機や感染症拡大期以来の低成長となる可能性を示している。
主要数値
- IMF基本見通しの2026年平均原油価格
- 82ドル/バレル程度
- IMF悪化シナリオの2026年平均原油価格
- 100ドル/バレル程度
- IMF深刻なシナリオの2026年平均原油価格
- 110ドル/バレル程度
- IMF中間見通しの2026年世界消費者物価上昇率
- 4.7%
- IMF中間見通しの2026年世界実質GDP成長率
- 3.0%
- OECD短期的な混乱シナリオのG20消費者物価上昇率
- 4.0%
- OECD短期的な混乱シナリオの世界実質GDP成長率
- 2.8%
- OECD混乱長期化シナリオの世界実質GDP成長率
- 2.1%程度
- 過去30年の世界実質GDP成長率平均
- 3.5%
- 混乱長期化シナリオの原油価格上昇幅
- 短期的な混乱シナリオより50%高い水準
影響
ホルムズ海峡の通航回復が遅れたり、湾岸諸国の生産・輸送設備が再び被害を受けたりすると、エネルギー供給不足が強まり、企業の生産活動や各国・地域の景気を下押しする。肥料価格の高騰が食料品価格へ転嫁されれば、物価上昇も広がる。
株価下落や長期金利上昇など金融資本市場の変動が再び高まれば、資金調達環境と景気の先行きに影響する。特に米国では、株高による資産効果が個人消費を支えているため、大幅な株価調整は消費を下押しする可能性がある。
米国の通商政策や安全保障政策の転換は貿易、防衛支出、国際関係を通じて世界経済に波及する。重要物資の輸出管理が強まれば、供給が特定国に集中する中間財の不足を通じて、国際的なサプライチェーンが混乱する。
中国の不動産停滞が投資、消費、地方政府財政を通じて需要をさらに弱めれば、中国との経済的結びつきが大きい国・地域の景気も下押しされる。反対に、AI関連投資・輸出の恩恵が多地域へ広がれば、世界経済を押し上げる可能性がある。
詳細
IMFの7月8日公表の中間見通しは、ホルムズ海峡の通航が7月中旬から再開し、おおむね2027年3月までに事態発生前の状態へ戻る前提を置いた。この場合、2026年平均原油価格は89ドル/バレル程度で、世界の消費者物価上昇率は4.7%、実質GDP成長率は3.0%とされた。
OECDの混乱長期化シナリオでは、世界の消費者物価上昇率が短期的な混乱シナリオから0.4%ポイント程度押し上げられ、実質GDP成長率は2.1%程度まで低下する。湾岸諸国からの原材料不足により、効率性はアジアで2%、その他地域で1%低下すると仮定している。
国・地域別では、IMFとOECDの双方が2026年のユーロ圏と中国の実質GDP成長率を2025年より低く見込んでいる。ユーロ圏には防衛支出拡大の押上げ効果がある一方、中東情勢、ユーロ高、財政健全化が下押し要因となる。中国では不動産市場の調整が成長を抑える。
米国については、IMFが財政政策と2025年の政策金利引下げの効果により2026年の実質GDP成長率上昇を見込む一方、OECDは物価上昇による購買力低下でやや低下すると見込む。米国は石油純輸出国だが、家計の購買力低下の影響が関連産業への押上げ効果をやや上回るとされる。
米国では7月末から医薬品への品目別関税が導入される予定で、301条に基づく関税措置も導入手続きが進んでいる。これらは主として貿易面から世界経済に影響する。
2025年には、中国が4月に一部レアアース品目を輸出管理対象へ加え、10月には米国の対中輸出管理拡大を受け、中国側でも追加措置や中国資本の大手半導体メーカーの輸出一時停止とみられる事態が生じた。G7は2026年6月、レアアースと永久磁石の単一供給国への依存度を2030年までに60%未満へ大幅に低減する目標を示した。
AI関連投資・輸出は2025年から2026年前半にかけて米国やアジアの成長を押し上げ、ハイパースケーラーの設備投資は当面拡大すると見込まれる。ただし、AI導入による生産性向上への期待が実現しない場合や、エネルギー価格高騰で採算が悪化する場合、投資の減速と株価再評価を通じて下方要因となる。