国立環境研究所の山川茜主任研究員が2025年8月8日に語った環境標準物質の開発と意義について詳しく解説したインタビュー記事です。
環境標準物質の役割と重要性
環境標準物質とは「測定の正確さを保証するための基準となる試料」で、環境試料の化学分析において測定値の信頼性を確保するために不可欠な存在です。例えば、土壌汚染対策法では鉛およびその化合物について「土壌1kgにつき150mg以下」と基準が定められていますが、異なる研究所で同じ土壌を測定した際に100mgと200mgという結果が出た場合、基準超過の判断が変わってしまいます。環境標準物質は、こうした測定値のばらつきを防ぎ、「異なる機関や測定者でも、ほぼ同じ結果になる」基準を提供します。
測定値がばらつく3つの要因
測定値のばらつきは①装置の違い（製造時の個体差、劣化、環境条件、調整不備）、②手法による違い（前処理方法や条件の差）、③人による差（秤量、試薬取り扱い、混ぜ方のクセなど）に起因します。「レシピ通りに料理をしても、作り手で味が違ってしまうのと同じような状態」が分析現場で起こるため、環境標準物質による品質管理が重要となります。
「都市粉塵」開発事例
現在開発中の環境標準物質「都市粉塵」は、東京都内の幹線道路と高速道路が交差する交通量の多い地点で集塵フィルターに付着した粉じんを原料としています。車の排出粒子、ブレーキダスト、摩耗アスファルト、周辺土壌など都市特有の物質を含む「都市の大気の縮図」となっており、かつて頒布していた類似標準物質（NIES CRM No. 28 都市大気粉塵）の廃番を受けて再開を望む声に応えて開発されました。
開発プロセスと技術継承
標準物質開発は5年程度の長期間を要し、①社会的ニーズ検討、②原料収集、③均質化（最重要工程）、④測定・成分値決定の工程を経ます。均質化では「どこを取っても同じ成分組成」を実現するため、異物除去、粒子サイズ調整、丁寧な混合、瓶詰めを行いますが、均質性と現実性のバランスが重要な技術的課題となります。
開発体制は研究者1名、技術スタッフ2名、事務スタッフ1名の計4名で、ISO国際ガイドラインに沿いつつも、自然由来原料の個別性に対応した経験と判断力が不可欠です。技術の伝承により品質と信頼性が保たれ、完成時にはチームでケーキを囲んでお祝いすることが恒例となっています。
NIES環境標準物質の歴史
国立環境研究所では1979年に日本初の環境標準物質「リョウブ」（落葉広葉樹で重金属を濃縮する性質を持つ）を頒布開始し、高度経済成長による環境問題深刻化を背景に環境分野における標準物質のパイオニアとしての地位を確立しました。現在は20種の標準物質を頒布し、粉じん、土壌、生物組織、ヒト頭髪・尿まで幅広い媒体に対応しています。
記事は、山川研究員の宇宙化学から環境化学への転身体験も含めて、測定への信頼を支えるために環境標準物質が果たす社会的使命と、その開発に携わる研究者・技術者の専門性と情熱を詳細に紹介しています。