国立国会図書館が2025年8月に刊行した「外国の立法」シリーズの立法情報・翻訳・解説記事で、フランスの侵入生物からの農業活動の保護と補償に関する法律の制定に関する法的分析を扱った専門的な立法調査報告です。
法律制定の背景と生物多様性の脅威
気候変動の進行と国際物流の拡大により、外来種・侵入種による生態系への影響が世界的に深刻化しています。フランスでは、イノシシ・シカなどの野生動物による農作物被害が年間約1億ユーロ規模に達し、ミバエ類、コガネムシ類などの侵入害虫による穀物・果樹への被害、外来植物による牧草地の植生変化、養殖魚類への病原菌侵入などが農業経営に深刻な打撃を与えています。従来の鳥獣保護法、植物防疫法、水産業法などの個別法では包括的な対応が困難であり、侵入生物対策と農業保護を統合した新たな法的枠組みの必要性が高まり、本法の制定に至りました。
法律の包括的規制体系
侵入生物からの農業活動保護法は、予防・監視・対応・補償の4段階からなる包括的な管理体系を確立しています。予防段階では、輸入植物・動物の検疫強化、リスク評価制度の導入、早期警戒システムの構築が規定されています。監視段階では、農業地域での生物調査の義務化、農業者による侵入種発見の通報制度、科学研究機関との連携による生態系モニタリングが制度化されています。対応段階では、緊急防除措置の実施権限、薬剤使用の特例承認、生物学的防除手法の導入促進が法的に位置づけられています。
農業者への補償制度
本法の中核となる補償制度は、侵入生物による農業被害を「自然災害」と同等に位置づけ、国および地方自治体による包括的な損失補償を法定化しています。補償対象は、作物の直接被害、生産施設の損壊、生産性低下による逸失利益、防除費用、代替生産への転換費用などが含まれ、被害農家の経営規模や作物種類に応じた詳細な補償基準が設定されています。補償金の算定は、地域農業会議所、農業保険組合、科学技術機関の合同査定により客観性・透明性が確保されています。
科学技術との連携強化
フランス国立農業研究所(INRAE)、国立自然史博物館(MNHN)、森林庁などの研究機関との連携により、侵入生物の早期発見技術、遺伝子解析による種同定、生態系影響予測モデル、生物学的防除手法の開発などが推進されています。特にAI技術を活用した画像解析による害虫自動識別システム、ドローンを用いた広域監視システム、環境DNA分析による水域の外来種検出技術などの先端技術導入が法的に促進されています。
EU環境政策との整合性
本法は欧州連合の「侵入外来種規則」(EU Regulation 1143/2014)、「共通農業政策」(CAP)、「生物多様性戦略2030」との整合性を保ちながら、フランス独自の農業保護政策を強化する制度設計となっています。特にEU域内での情報共有、共同研究、技術協力の推進により、国境を越えた侵入生物対策の実効性向上が図られています。また、第三国からの侵入リスク管理についても、WTO衛生植物検疫措置協定(SPS協定)との整合性を確保した制度となっています。
持続可能な農業との統合
本法は単なる損害補償にとどまらず、侵入生物対策を通じた持続可能な農業システムの構築を目指しています。有機農業への転換支援、生物多様性保全型農法の導入促進、アグロエコロジー(生態学的農業)の推進、地域在来品種の保護・活用などが統合的に規定され、侵入生物への抵抗性を持つ農業生態系の構築が法的に支援されています。
国際協力と技術移転
フランスは本法の制定経験を活かし、アフリカ諸国、地中海沿岸諸国、太平洋島嶼国などとの技術協力協定を締結し、侵入生物対策技術の移転、人材育成、制度構築支援を実施しています。特に気候変動による生物分布変化、国際貿易による侵入リスク拡大などの地球規模課題への対応において、フランスの法制度・技術的知見の国際的展開が図られています。
経済効果と農村地域振興
本法の実施により、農業被害の軽減、農業経営の安定化、農村地域の経済活性化などの効果が期待されています。また、生物多様性保全と農業の両立による持続可能な地域発展モデルの構築、エコツーリズムの促進、地域特産品のブランド化支援なども副次的効果として見込まれています。
記事は、フランスの侵入生物対策法が、農業保護と環境保全を統合した新しい法政策モデルとして、他のEU諸国や国際社会にどのような示唆を提供し、気候変動時代における持続可能な農業システム構築にどのような貢献を果たすかについて、環境法・農業法・国際法の交錯領域から包括的な分析を行っています。