国立国会図書館が2025年8月に刊行した「外国の立法」シリーズの立法情報・翻訳・解説記事で、欧州連合(EU)の強制労働により生産された製品を禁止する規則の制定に関する法的分析を扱った専門的な立法調査報告です。
規則制定の国際的背景
21世紀においても世界各地で推定2800万人が強制労働の状況下にあり、そのうち約1700万人が民間経済部門で労働を強いられているとの国際労働機関(ILO)の報告があります。新疆ウイグル自治区での綿花・太陽光パネル生産、東南アジアでの漁業・パーム油生産、アフリカでのコバルト・ダイヤモンド採掘など、国際的なサプライチェーンに組み込まれた強制労働問題が人権団体や国際機関により継続的に指摘されてきました。これらの製品が欧州市場で流通することにより、EUが間接的に人権侵害に加担しているとの批判を受けて、包括的な法的対応の必要性が認識され、本規則の制定に至りました。
規則の法的構造と適用範囲
EU強制労働製品禁止規則は、強制労働により生産された製品のEU市場への輸入および域内での販売・流通を全面的に禁止する法的拘束力を有しています。適用対象は、原材料から最終製品まで、サプライチェーンのいかなる段階においても強制労働が使用された製品すべてが含まれ、繊維製品、電子機器、農産物、鉱物資源など業種を問わず包括的に適用されます。また、EU域内企業による第三国での生産活動についても規制対象となり、企業のデューデリジェンス(適正評価)義務が明文化されています。
執行体制と監視メカニズム
本規則の効果的な実施のため、欧州委員会、各加盟国の税関当局、労働監督機関が連携した多層的な監視・執行体制が構築されています。疑わしい製品の輸入停止権限、現地調査権限、企業への情報提供要求権限などが各機関に付与され、AI技術を活用したリスク評価システム、衛星画像解析による生産現場の監視、ブロックチェーン技術を使用したサプライチェーン追跡システムなどの技術的手段も導入されています。違反企業に対しては最大で年間売上高の4%または2000万ユーロの制裁金が科せられます。
企業のコンプライアンス義務
EU市場で事業を行う企業には、サプライチェーン全体における強制労働リスクの特定・評価、予防・軽減措置の実施、定期的な監査・報告、被害者救済メカニズムの構築などが法的義務として課されています。特に大企業(従業員500人以上、年間売上高1億5000万ユーロ以上)には、より厳格な人権デューデリジェンス義務が適用され、サプライチェーンの透明性確保、第三者認証の取得、労働者への苦情申立てシステム提供などが求められています。
国際貿易法との関係
本規則は世界貿易機関(WTO)の非差別原則、最恵国待遇原則との整合性確保が重要な論点となっています。EUは本規則が特定国・企業を標的とするものではなく、人権保護という正当な政策目的に基づく必要最小限の貿易制限であると主張していますが、中国をはじめとする一部の国からはWTOルール違反であるとの批判も提起されています。アメリカの「ウイグル強制労働防止法」、カナダの「現代奴隷法」などとの国際的な政策協調も重要な課題となっています。
経済的影響と産業転換
本規則の実施により、EU市場への輸出を行う世界各国の企業は、生産プロセスの根本的な見直しを迫られています。特に労働集約的産業(繊維、電子機器組立、農業)では、生産地の変更、調達先の多様化、自動化投資の促進などの構造転換が進んでいます。一方で、コンプライアンス費用の増加、サプライチェーンの複雑化、中小企業への過度な負担などの経済的副作用も指摘されており、技術支援、資金援助、猶予期間の設定などの配慮措置も検討されています。
人権外交としての意義
EU強制労働製品禁止規則は、経済制裁に代わる新しい形の人権外交手段として位置づけられ、「価値に基づく通商政策」(Values-based Trade Policy)の象徴的な政策として国際的に注目されています。法の域外適用により、EU市場の経済的影響力を活用して世界的な労働基準向上を促進する「規制のグローバル化」効果が期待されています。
記事は、EU強制労働製品禁止規則が国際人権法、国際労働法、国際通商法の交錯領域における新たな法的枠組みとして、他の主要経済圏の類似政策にどのような影響を与え、グローバル・サプライチェーンの人権基準向上にどのような効果をもたらすかについて、包括的な法政策分析を提供しています。