国立国会図書館が2025年8月に刊行した「外国の立法」シリーズの立法情報・翻訳・解説記事で、イタリアの動物の保護を強化するための刑法典の改正等に関する法的分析を扱った専門的な立法調査報告です。
法改正の社会的背景
近年、動物の権利に対する社会的関心の高まりと動物愛護意識の向上により、動物虐待事件への厳罰化要求が世界的に強まっています。イタリアでは、家庭動物（ペット）の遺棄・虐待事件、野生動物の密猟・密売、実験動物の不適切な取扱い、畜産業における動物福祉基準違反などの問題が社会問題化し、従来の動物保護法制では抑止効果が不十分であるとの批判が高まっていました。また、EU動物福祉指令の国内法化、国際的な動物権利保護の潮流への対応、動物を「物」として扱う従来の法的地位の見直しなどの要請も法改正の背景となりました。
刑法典改正の主要内容
今回の改正により、動物虐待罪の法定刑が大幅に引き上げられ、単純な動物虐待の場合でも懲役6ヶ月から4年、罰金5,000ユーロから30,000ユーロに強化されています。特に悪質な事案（動物の殺害、継続的虐待、複数動物への被害）については懲役1年から6年、罰金10,000ユーロから100,000ユーロの重罰が科せられます。また、動物虐待による動物の死亡を引き起こした場合は「動物殺害罪」として独立した犯罪類型が新設され、最高懲役8年の刑罰が規定されています。営利目的の動物虐待（闘犬、違法繁殖業など）には組織犯罪としてより重い刑罰が適用されます。
動物の法的地位の向上
改正法は動物を単なる「物」ではなく「感情を持つ生命体」（Esseri senzienti）として法的に位置づけ、動物固有の権利と尊厳を認める画期的な規定を盛り込んでいます。この法的地位の変更により、動物に対する加害行為は単なる財産犯ではなく、動物の生命・身体に対する独立した犯罪として扱われることになります。また、動物の苦痛・ストレスを軽減する義務、適切な環境での飼育義務、獣医学的ケア提供義務などが法的義務として明文化されています。
執行体制の強化と専門機関の役割
動物虐待事件の効果的な摘発・処罰のため、警察・司法機関に動物保護専門部署が設置され、獣医師、動物行動学専門家、動物保護団体との連携体制が構築されています。動物虐待の証拠収集、被害動物の救護・治療、加害者への心理学的アプローチなど、専門的知識・技能を要する業務が制度化されています。また、動物虐待事件の被害動物を保護する公的シェルター制度、治療費の公的負担制度、里親制度などの支援体系も整備されています。
EU動物福祉政策との整合性
本改正はEU動物福祉指令、動物輸送規則、実験動物保護指令などのEU法との整合性を確保しながら、イタリア独自の動物保護水準の向上を図る制度設計となっています。特にEU域内での動物の移動・取引における虐待防止、動物実験の3R原則（代替・削減・改良）の徹底、畜産業における動物福祉基準の厳格化などが重要な政策課題として位置づけられています。また、第三国からの動物及び動物由来製品の輸入における動物福祉基準の確保も法的に規定されています。
動物実験・畜産業への影響
改正法は医学研究、化粧品開発、食品安全試験などにおける実験動物の保護基準を厳格化し、代替手法の開発・導入を法的に促進しています。また、畜産業においては、工場畜産における動物の過密飼育の禁止、屠畜時の人道的処理の徹底、輸送時の動物福祉確保などが強化されています。これにより、関連産業のコンプライアンス負担は増加しますが、動物福祉に配慮した持続可能な産業発展が期待されています。
国際的な動物保護潮流との関係
イタリアの動物保護法制強化は、ドイツ・フランス・オランダなどの動物権利先進国、アメリカの動物虐待重罪化、アジア太平洋諸国での動物保護意識向上などの国際的潮流と歩調を合わせた政策転換として位置づけられます。国際的な野生動物取引規制（CITES）、動物実験の国際基準統一、動物由来製品の持続可能な取引などの分野での国際協力も重要な課題となっています。
社会教育と意識変革
法改正と並行して、学校教育での動物愛護教育の充実、動物保護団体への公的支援拡充、動物虐待防止の啓発活動促進などの社会教育施策も実施されています。特に次世代への動物愛護意識の継承、動物との共生社会の構築、生命尊重の価値観醸成などが重要な政策目標として掲げられています。
記事は、イタリアの動物保護法制強化が、EU域内および国際的な動物権利保護の発展にどのような影響を与え、人間と動物の共生社会構築に向けた法制度モデルとして、どのような示唆を提供するかについて、刑法学・動物法学・比較法学の観点から包括的な分析を行っています。