国立国会図書館が2025年8月に刊行した「外国の立法」シリーズの立法情報・翻訳・解説記事で、ロシアのゲストハウスの合法化に向けた連邦法の制定に関する法的分析を扱った専門的な立法調査報告です。
ゲストハウス合法化の背景
ロシアでは従来、宿泊業は大規模ホテルチェーンや国営宿泊施設が中心となっており、個人経営の小規模宿泊施設(ゲストハウス、民宿、B&B等)は法的に曖昧な位置づけにありました。近年の国内観光振興政策、地方経済活性化の必要性、新型コロナウイルスの影響による旅行スタイルの変化により、小規模で家庭的な宿泊施設への需要が高まり、事実上多くのゲストハウスが無許可で営業している状況が問題視されていました。また、Airbnbなどの民泊プラットフォームの普及により、個人住宅での宿泊サービス提供も増加し、税収確保、安全基準確保、消費者保護の観点から法的整備の必要性が認識され、本法の制定に至りました。
法律の主要規定と分類体系
ゲストハウス合法化法は、従来のホテル営業許可制度とは別に、小規模宿泊事業のための簡素化された許可制度を創設しています。宿泊施設は収容人数と営業形態により4つのカテゴリーに分類されています。「ミニホテル」(客室数10-50室)、「ゲストハウス」(客室数5-9室)、「ホームステイ」(客室数2-4室)、「民泊」(客室数1室または住宅の一部)の区分が設定され、それぞれ異なる規制基準と税制優遇措置が適用されます。各カテゴリーには営業許可の取得手続き、安全基準、衛生基準、税務申告義務などが規模に応じて段階的に設定されています。
簡素化された許可制度
従来のホテル営業許可に必要であった複雑な手続き、高額な設備投資、厳格な建築基準などを大幅に簡素化し、個人事業主でも取得可能な許可制度が導入されています。オンライン申請システムの構築、ワンストップサービスの提供、許可審査期間の短縮(最大30日)、更新手続きの簡便化などにより、事業参入の障壁を大幅に低減しています。また、既存の無許可営業者に対する1年間の移行猶予期間、手数料減免措置、技術支援プログラムなども用意されています。
安全・衛生基準の合理化
大規模ホテルと同等の厳格な安全・衛生基準を小規模施設に適用することは現実的でないため、施設規模と利用形態に応じた合理的な基準設定が行われています。消防設備については簡易消火器と火災報知器の設置、避難経路の確保、定期点検の実施など最低限の要件に絞られています。衛生基準については、基本的な清潔保持、リネン類の適切な洗濯、食品提供時の衛生管理など、実現可能な範囲での要求事項が設定されています。
税制優遇と地方経済振興
ゲストハウス事業者には段階的な税制優遇措置が適用されます。開業から3年間の所得税軽減、小規模事業者向け簡素化税制の適用、付加価値税の軽減税率適用、地方税の減免措置などにより、事業の初期負担軽減と継続的経営を支援しています。特に地方部・過疎地域でのゲストハウス開業には追加的な優遇措置が適用され、都市部から地方部への観光客誘致、地域雇用創出、伝統文化保存などの地方振興効果が期待されています。
デジタルプラットフォームとの関係
Airbnb、Booking.com、Yandex.Travelなどのオンライン宿泊予約プラットフォームとの連携により、ゲストハウスの集客力向上と効率的運営が支援されています。プラットフォーム事業者には合法的なゲストハウスのみを掲載する義務、税務情報の行政機関への提供義務、消費者保護措置の実施義務などが課されています。また、デジタル決済システムの導入促進、オンライン評価システムの活用、多言語対応サービスの提供支援なども制度化されています。
観光政策との統合
本法はロシア政府の観光産業振興政策の一環として位置づけられ、国内観光の促進、外国人観光客の誘致、観光インフラの多様化などの政策目標と連携しています。特に2018年FIFAワールドカップ、2019年冬季ユニバーシアードなどの国際イベント開催を契機とした観光産業基盤整備の延長線上に本法が位置づけられ、持続可能な観光発展への貢献が期待されています。
国際制裁下での国内観光振興
2022年以降の国際制裁により外国人観光客が大幅に減少する中、国内観光の振興と国民の国内旅行促進が重要な政策課題となっています。ゲストハウスの合法化により、多様な価格帯・サービス形態の宿泊選択肢を提供し、国内観光の活性化、観光消費の拡大、地方経済の下支えなどの効果が見込まれています。
記事は、ロシアのゲストハウス合法化法が、規制緩和と観光振興を両立させる政策モデルとして、他の旧社会主義国や発展途上国の観光政策にどのような示唆を提供し、国際制裁下における国内経済の自立性強化にどのような役割を果たすかについて、観光政策学・規制緩和論・地域経済学の観点から多角的な分析を提供しています。