国立国会図書館が2025年8月に刊行した「外国の立法」シリーズの立法情報・翻訳・解説記事で、ドイツの新たな映画助成法の制定に関する法的分析を扱った専門的な立法調査報告です。
映画助成法改正の背景
デジタル技術の進歩と配信プラットフォームの普及により、映画産業の構造が根本的に変化しています。Netflix、Amazon Prime、Disney+などのストリーミング・サービスの台頭により、従来の映画館中心の配給システムが変容し、映画制作・流通・消費の形態が多様化しています。ドイツ映画産業は年間約20億ユーロ規模でありながら、ハリウッド映画や韓国・インドなどの新興映画勢力との国際競争が激化し、国内映画の市場シェア低下、映画人材の海外流出、地方映画館の経営悪化などの構造的課題に直面していました。これらの課題に対応し、デジタル時代における競争力ある映画産業の育成を図るため、既存の映画助成制度を抜本的に見直す新法の制定が決定されました。
新助成制度の包括的枠組み
新映画助成法は、制作段階から配給・上映・デジタル配信まで、映画産業のバリューチェーン全体を対象とした包括的支援体系を確立しています。制作支援では、長編映画、短編映画、ドキュメンタリー、アニメーション、VR映画など多様な形態への資金提供、国際共同制作の促進、新進監督・プロデューサーの育成プログラムが強化されています。配給支援では、デジタルマーケティング費用の助成、映画祭参加支援、国際販売促進、字幕・吹替制作費の補助などが制度化されています。また、映画館の設備デジタル化、バリアフリー対応、地方映画館の維持支援なども法定化されています。
デジタル・プラットフォーム規制との連携
新法は、大手ストリーミング・プラットフォーム事業者に対してドイツ映画への投資義務を課す「映画投資制度」を導入しています。年間売上高が一定規模以上のプラットフォーム事業者は、売上高の一定割合をドイツ映画の制作・買付に投資することが法的義務となり、この仕組みにより年間約3億ユーロの追加投資が映画産業に流入すると予測されています。また、プラットフォーム上でのドイツ映画の推薦表示、検索結果での優遇表示、多言語字幕提供などの「文化的多様性確保措置」も義務化されています。
人材育成と技術革新支援
ドイツ映画の国際競争力向上のため、映画教育機関への支援拡充、業界人材の継続教育プログラム、国際交流・研修制度の充実が図られています。特にAI技術、VR/AR技術、ブロックチェーン技術などの新技術を活用した映像制作技術の研究開発、デジタル・ツールの導入支援、サイバーセキュリティ対策などに重点的な予算配分が行われています。また、女性監督・プロデューサーの登用促進、多様性・包摂性の確保、障害者の映画業界参加支援なども法的に制度化されています。
EU文化政策との整合性
本法は欧州連合の「クリエイティブ・ヨーロッパ・プログラム」、「メディア・プログラム」、「デジタル単一市場戦略」との整合性を保ちながら、ドイツ独自の文化産業政策を強化する制度設計となっています。EU域内での映画共同制作促進、配給ネットワークの拡充、デジタル技術標準の統一、著作権保護の強化などが国際協力の枠組みで推進されています。また、Brexit後のイギリスとの映画協力関係維持、フランス・イタリアなどとの二国間映画協定の強化なども重要な政策課題として位置づけられています。
持続可能性と社会的責任
新法は映画産業の環境負荷軽減を重要な政策目標として掲げ、撮影現場での環境配慮、デジタル配信によるCO2削減、持続可能な映画製作手法の普及などを支援対象に含めています。また、映画を通じた社会的メッセージの発信、多文化理解の促進、民主主義価値の普及、歴史認識の継承などの社会的責任も映画助成の評価基準に組み込まれています。
経済効果と文化外交
ドイツ映画産業は約25万人の雇用を創出し、関連産業を含めると50万人以上の経済効果を生み出しています。新法の実施により、映画産業の国際競争力向上、輸出促進、観光誘致効果、地域経済活性化などが期待されています。また、ドイツ映画の国際的プレゼンス向上により、ドイツの文化・価値観の世界への発信、ソフトパワーの強化、文化外交の推進などの戦略的効果も見込まれています。
記事は、ドイツの新映画助成法が、デジタル時代の文化産業政策モデルとして、他のEU諸国や先進国の映画政策にどのような影響を与え、グローバルな映像コンテンツ市場における欧州映画の競争力向上にどのような貢献を果たすかについて、文化政策学・メディア法学・国際経済法の観点から多角的な分析を提供しています。