日本の2.5次元ミュージカルにおけるキャスト数の増加がチケット価格に与える影響について、文化経済学の観点から分析したものです。
2.5次元ミュージカルとは、日本の2次元の漫画・アニメ・ゲームを原作とする3次元の舞台コンテンツの総称で、当初は20代の若者が主な観客層でしたが、現在では幅広い年齢層に支持が広がっています。ぴあ総研によると、2023年の市場規模は283億円、年間観客動員数は289万人に達し、継続的な成長を見せています。
本研究は、舞台芸術の経済学における「ボーモルのコスト病」という重要な理論を背景としています。ボーモルとボウエン（1966）は舞台芸術のコストの大部分が人件費であることを発見し、ボーモル（1967）は、製造業等で技術進歩が実現するのとは対照的に、舞台芸術等では生産性向上が見込みにくいため、これら産業のコストと賃金が上昇する現象を「ボーモルのコスト病」として理論化しました。一方、コーエン（1996）は、舞台芸術にもイノベーションが存在し、コスト病を克服できると主張するなど、舞台芸術における生産性向上の可能性について論争が続いています。
本論文では、2.5次元ミュージカル市場を独占的競争市場と想定し、各公演者が「弾力性ルール」（価格費用マージンが需要の価格弾力性の逆数に等しい）に基づいてチケット価格を設定するモデルを構築しました。このモデルには生産性向上の要素も組み込まれており、キャスト数とチケット価格の関係を実証的に検証しています。
分析の結果、日本の2.5次元ミュージカルにおいてもキャスト数の増加がチケット価格の上昇につながる傾向が確認されました。これは、舞台芸術における人件費の比重の高さと、キャスト数増加による制作コストの上昇が価格に転嫁されていることを示唆しています。しかし同時に、2.5次元ミュージカル市場の継続的な成長は、デジタル技術の活用や新たな演出手法の導入など、何らかの形でイノベーションが起きている可能性も示唆しています。
記事は、2.5次元ミュージカルという日本独自の文化産業において、伝統的な舞台芸術が直面するコスト構造の問題と、市場成長を支えるイノベーションの可能性が共存していることを実証的に示したものと結論づけています。