未来の教育を考える—デジタルネイチャー時代における人間とテクノロジーの共生

2025年大阪・関西万博のテーマ事業プロデューサーを務める落合陽一氏（筑波大学准教授）が、AI時代における教育の変革について論じたものです。

デジタルネイチャー時代の教育パラダイム

AI技術の急速な発達により、人間と機械の協調関係が根本的に変化しています。従来は人間が機械と協調して創作していましたが、今後は「計算機が自動で作るものを機械が見て選ぶ」という関係性に転換し、人間はデジタルネイチャーからの収穫物を得る状態に近づきます。この変化に伴い、最適化と道具の操作は終わる可能性が高く、「何を解きたいか」という課題設定能力と、解決すべき理想状態の言語化能力がより重要になります。

落合氏が手がける万博パビリオン「null²（ヌルヌル）」は、物理世界とデジタル世界が融合した「デジタルネイチャー」のビジョンを体現しています。これは人間にとって新しい自然が生まれる状態であり、自然と人工の区別がつかなくなった環境を指します。AIに音楽制作を依頼すれば自動的にスピーカーから音楽が流れる状況が当たり前になることで、人間の自然観が拡張されていきます。

教育制度の課題と高等教育の優位性

現在のAIは大学院生より賢い程度ですが、全ての人間を上回るのは2027年頃、遅くとも2030年には達成される見込みです。現在の小学1年生が中学生になる頃には大半の問題が解決され、教育のあり方を根本的に見直す必要があります。

小中高では学習指導要領や入試制度により教員がカリキュラムを自由に変更するのは困難ですが、高等教育機関では流動的な対応が可能です。大学教育では職能育成から「その人が作り出したい世界観を育てる」ことに目標が転換しており、従来は博士教育で行っていた内容が前段階に移行しています。このため、高校と大学の間に大きなギャップが生じることが予想されます。

感動体験と自然との対話の重要性

教育において最も重要なのは、学習者が感動体験を通じて将来への創造意欲を獲得することです。寺田寅彦の『日本人の自然観』を引用し、「神秘的体験をしたことのない宗教家の言葉は響かない」として、教育者自身が感動した体験を持つことの重要性を強調しています。

幼少期の体験については、自然の風景を眺めるだけで物理現象も自然との対話方法も理解できる全身での体感が重要とされています。万博では動画では分からない物理世界の体感を10歳頃までにいかに経験させるかがキーワードとなり、将来的に創造意欲を持った人材を育成する目的があります。

バーチャルと現実の関係性

バーチャル体験と現実体験の関係について、「マインクラフト砂場問題」として、バーチャル体験が現実体験への意欲を減退させる懸念が討議されました。しかし、落合氏はバーチャル体験が参入障壁を下げるきっかけとなり、むしろ現物への興味を高める効果があると考えています。

幼少期においては実体験を先行させることで、バーチャルと現実の違いを理解させることが重要とされています。豊富な幼少期体験により、後にバーチャル体験との差異を認識できるようになります。

消費者としての能力向上

AI時代においては「最強の消費者」になることが重要であり、これは創造者になるよりもハードルが高いとされています。無限のコンテンツが利用可能な時代において、適切に消費する能力が求められます。

人間の構築物の重量が植物の資源量を2018年頃に逆転し、現在はコンピューターが生物全体より大きな存在となっています。これはまさにデジタルネイチャーの状態であり、1970年代のSINIC理論が予測した「自然社会」の到来を意味しています。