台帳を用いない電子現金決済方式の技術的可能性について考察したものです。この記事は田村裕子氏ら11名の研究者による論文で、金融研究第44巻第3号(2025年7月発行)に掲載され、サービス事業者を介さず台帳を用いることなく決済を可能とする革新的な決済方式について、その技術的側面から詳細な考察を行っています。
この決済方式は、現金に見立てた電子データの送受信によって決済を行う手段で、暗号技術の研究分野では「電子現金」として長年検討されてきました。1990年代にはいくつかの実証実験が行われましたが、当時の技術水準ではユーザビリティの確保が困難であったため、実用化には至りませんでした。しかし、この間の技術進展と社会ニーズの変化を踏まえ、研究チームは電子現金方式の再整理を行いました。
研究の核心は、スマートフォンを用いた実機検証による実用性の検証です。現在の技術水準であれば、ユーザビリティの高い電子現金システムを提供できる可能性があることを実証的に示しています。これは、処理能力の向上、通信技術の発達、暗号技術の進歩、ユーザーインターフェースの改善などが複合的に寄与した結果です。
技術的な革新提案として、2つの重要な機能が提示されています。第1に、電子現金を任意の金額に分割・集約可能な方式の開発です。これにより、従来の物理的現金と同様の柔軟性を電子現金においても実現できます。第2に、同一ユーザが使用した電子現金の相互関連付けを困難とする方式の提案です。これは、プライバシー保護の観点から極めて重要な機能で、ユーザーの取引履歴や行動パターンの追跡を防ぐことができます。
電子現金の特徴として、中央集権的な台帳や決済サービス事業者を必要とせず、ユーザー間で直接的な価値移転が可能な点が挙げられます。これは、現在主流のデジタル決済システムとは根本的に異なるアプローチで、金融仲介機関への依存度を大幅に削減できる可能性があります。また、オフライン環境での決済実行や、取引の匿名性確保などの利点も期待されます。
ただし、研究者らは本稿が純粋に技術面からの考察であることを明確に述べており、法律・制度面の整備、実運用における課題、社会実装に向けた実現可能性については検討対象外としています。キーワードとして、スマートフォン決済、デジタル決済、電子現金、電子マネー、プライバシー保護が挙げられており、これらの分野での今後の技術発展が期待されています。
記事は、電子現金技術が現在の技術水準において実用化の可能性を示しつつ、さらなるユーザビリティ向上とプライバシー強化に向けた技術的基盤が確立されつつあると結論づけています。