気候ファイナンス研究の現状と今後の課題について包括的にサーベイしたものです。この記事は平木一浩氏による論文で、金融研究第44巻第3号（2025年7月発行）に掲載され、急速に発展する気候ファイナンス分野の文献を金融市場の3つの基本的機能の観点から体系的に整理・分析したものです。
第1の切り口である「価格発見およびリスク移転機能」については、気候関連リスクが徐々に資産価格に織り込まれてきているものの、引き続きミスプライシングが残存している可能性が指摘されています。物理的リスク（気候変動による直接的な物理的損害）と移行リスク（低炭素経済への移行に伴うリスク）の両面で、市場参加者の認識と実際のリスクとの間にギャップが存在することが明らかになっています。一方で、気候関連リスクのヘッジに関する研究が進展し、新たなリスク管理手法の開発が進んでいます。
第2の切り口である「主体間の資金仲介機能」に関しては、サステナブル投資の急速な規模拡大に伴い、こうした投資行動が資産価格に与える影響についての実証研究の蓄積が進んでいます。ESG（環境・社会・ガバナンス）要素を考慮した投資が市場に与える影響は複雑で、グリーンプレミアムの存在やブラウンディスカウントの発生など、様々な現象が観察されています。しかし、サステナブル投資がより実効性を高め、低炭素社会への移行を後押しするためには、発行体企業に対するインセンティブ設計、データ整備、評価基準の標準化など、多くの課題が存在することも明らかになっています。
第3の切り口である「異時点間の資源配分機能」については、社会的割引率に関する主要なアプローチとして、規範的アプローチ、実証的アプローチ、持続可能性アプローチをサーベイし、長期的な気候変動対策における資源配分の最適化に関する議論を整理しています。社会的割引率の設定は、気候変動対策の経済的評価において極めて重要な要素であり、将来世代への配慮と現在の経済効率性のバランスを取る上で重要な論点となっています。
研究全体を通じて、近年の気候ファイナンス研究は市場参加者へのサーベイ結果と共通して、気候変動リスクの資産価格への織り込みが不十分であることを示しています。また、ESG投資家層の拡大やデータ面での整備が今後の重要な課題であることが浮き彫りになっています。キーワードとして、気候変動、物理的リスク、移行リスク、サステナブル投資、資産価格評価、社会的割引率が挙げられており、これらの分野での研究深化が期待されています。
記事は、金融実務の発展とファイナンス研究の知見蓄積の両者が相まって、気候変動対応において金融市場が重要な役割を果たしていくことが望まれると結論づけています。