総務省統計局の統計研究研修所が発行する共同研究リサーチペーパー第65号で、公的統計の有効活用と統計精度向上を目的とした統計的マッチング手法の研究成果を示した重要な技術文書です。本研究は、観光統計の精度向上と産業統計との連携強化により、より詳細で信頼性の高い観光関連データの提供を目指しています。
研究の背景として、日本の観光産業の重要性が高まる中で、観光関連事業者の経営実態や地域経済への波及効果をより正確に把握する必要性が増大していることが挙げられます。従来、「宿泊旅行統計調査」は観光需要側の動向把握に、「経済センサス-活動調査」は事業者側の経営状況把握にそれぞれ特化しており、両者を統合的に分析することで観光産業の全体像をより精密に描くことが可能となります。
統計的マッチングの手法について、本研究では決定的マッチング(施設名、所在地、従業者数等による完全一致)と確率的マッチング(類似度指標による近似一致)の両方を適用し、最適なマッチング精度の実現を図っています。マッチング対象は、宿泊旅行統計調査の調査対象である約5万施設と、経済センサス-活動調査の宿泊業事業所約6万事業所です。
マッチング結果の精度検証では、決定的マッチングにより約3.8万施設(76%)で一対一対応が確認され、確率的マッチングにより追加的に約0.8万施設(16%)のマッチングが実現しました。全体として約92%のマッチング精度を達成し、統計的に有意な分析が可能な水準に到達しています。
マッチング後のデータ分析では、宿泊施設の規模別・地域別の経営指標と宿泊客数・稼働率等の関係について詳細な分析が行われています。特に、客室数50室未満の小規模施設では稼働率60%以下の施設が約65%を占める一方、客室数100室以上の大規模施設では稼働率70%以上の施設が約55%を占めるなど、施設規模と経営効率の相関関係が明確に示されています。
地域別分析では、都市部(東京都、大阪府、愛知県)の宿泊施設は平均稼働率が約75%と高水準を維持している一方、地方部では平均稼働率が約55%と低く、地域間格差の存在が確認されています。ただし、地方部の温泉地や観光地では、客単価が都市部を上回るケースが多く、収益性の観点では必ずしも都市部が優位とは限らないことも判明しています。
従業者数と売上高の関係分析では、1人当たり売上高は大規模施設ほど高い傾向にあり、従業者数100人以上の施設では年間約1,500万円、10人未満の施設では年間約800万円となっています。これは、大規模施設における規模の経済効果と効率的な人員配置の効果を示しています。
季節変動分析では、月別の稼働率変動パターンと従業者数の季節調整雇用の実態が明らかになっています。特に、観光地の小規模施設では繁忙期(7-8月、12-1月)の従業者数が閑散期の約1.5倍に増加するなど、季節的雇用への依存度が高いことが確認されています。
インバウンド対応状況の分析では、外国人宿泊者比率の高い施設ほど設備投資額が大きく、多言語対応やキャッシュレス決済導入などのサービス高度化への投資が積極的に行われていることが示されています。外国人宿泊者比率30%以上の施設では、過去5年間の設備投資額が平均約2.3億円となっており、比率10%未満の施設の約1.2億円を大幅に上回っています。
政策的示唆として、本研究成果は観光政策の立案・評価において重要な基礎資料を提供しています。特に、宿泊施設の経営支援策、地域間格差の是正策、インバウンド受け入れ体制整備などの政策効果測定において、統計的マッチングによる詳細データが有効活用できることが実証されています。
今後の展開として、他の観光関連統計(訪問客満足度調査、観光消費動向調査等)との多重マッチングや、時系列データを活用した動的分析への発展可能性が示されており、観光統計の更なる高度化に向けた基盤整備が進展しています。