防衛省防衛研究所が公表した「NIDS Research & Analysis」第1号について報告したものです。
令和7年8月1日に防衛研究所が新しいレポートシリーズ「NIDS Research & Analysis」の記念すべき第1号として公表された論文は、庄司智孝防衛研究官による南シナ海問題に対するマレーシアのアプローチに関する分析です。
南シナ海をめぐる複雑な地政学
南シナ海は中国、台湾、ベトナム、フィリピン、マレーシア、ブルネイが領有権を主張する世界有数の紛争海域です。この海域は世界貿易の約3分の1が通過する重要なシーレーンであり、豊富な漁業資源と海底石油・天然ガス資源を有しています。各国の領有権主張が重複し、特に中国の「九段線」主張は他の沿岸国との深刻な対立を生んでいます。
マレーシアの独特な対応戦略
マレーシアは南シナ海問題において、他の関係国とは異なる独特なアプローチを採用してきました。フィリピンのような国際仲裁裁判所への提訴や、ベトナムのような強硬な対中姿勢とは対照的に、マレーシアは対立の先鋭化を避け、実利的で穏便な対応を基調としています。
具体的には、二国間交渉による問題解決を重視し、ASEAN諸国としての結束を維持しながらも、中国との経済関係を損なわないよう慎重にバランスを取る戦略を展開しています。また、南シナ海での合同開発や資源探査において、中国との協力的な枠組み構築にも積極的に取り組んでいます。
地域安定への貢献とその限界
マレーシアの穏健なアプローチは、南シナ海における軍事的緊張の緩和と地域安定の維持に一定の効果を発揮しています。特に、ASEAN内部の結束維持と、米中対立が激化する中での地域の自主性確保において重要な役割を果たしています。
しかし、この戦略には限界もあります。中国の海洋進出が一層活発化する中で、穏便な対応だけでは自国の海洋権益を十分に保護できない可能性があります。また、他のASEAN諸国からは、より強固な対中姿勢を求める声も存在します。
日本の対南シナ海政策への示唆
マレーシアの経験は、日本の対南シナ海政策にとって重要な参考事例となります。軍事的対立を避けながら地域の平和と安定を維持する外交手法、経済協力と安全保障のバランス、多国間枠組みの活用などの観点で貴重な知見を提供しています。
記事は、マレーシアの穏健で実利的なアプローチが南シナ海問題の平和的解決に向けた一つのモデルケースとして、今後の地域外交戦略の参考になると結論づけています。