公設試験研究機関による技術普及サービスの生産性効果：COVID-19パンデミック前後の比較【概要:日本語、全文:英語】

1. 研究概要・目的

本研究は、日本の公設試験研究機関（公設試）による技術普及サービス（TES：Technology Extension Services）が中小企業の生産性に与える影響を、COVID-19パンデミック前後で比較分析したものです。公設試が提供する分析試験、設備利用、技術相談、教育訓練などのサービスが、中小企業の生産性向上にどの程度貢献しているかを定量的に評価することを目的としています。

2. 研究方法・分析手法

内生的スイッチング回帰（ESR：Endogenous Switching Regression）モデルを採用し、中小企業経営者・自営業者へのオンライン質問紙調査から得られた2016年から2023年のパネルデータを分析に使用しました。この手法により、技術普及サービス利用の選択バイアスを適切に処理し、純粋な効果を測定することが可能となりました。

3. 主要な分析結果

技術普及サービスの平均処置効果は、パンデミック前後を通じて一貫してプラスの効果を示しました。これは、公設試のサービス利用が中小企業の生産性向上に確実に貢献していることを実証しています。特に、潜在的ユーザ企業における公設試の認知度向上が、中小企業全体の生産性改善に正の影響をもたらすことが確認されました。

4. 無形資産投資との相乗効果

研究開発、教育訓練、デジタル化などの無形資産への投資を行う企業において、技術普及サービスの生産性効果がより大きく現れることが判明しました。この補完性は特にパンデミック期（2020年～2023年）に強まり、吸収能力（absorptive capacity）が中小企業のレジリエンス向上に重要な役割を果たすことが実証されました。

5. 企業の選択行動と比較優位

分析により、より生産性の高い企業が公設試を利用する傾向がある一方で、同等の能力を持ちながら利用を選択しなかった企業も存在することが明らかになりました。これは、企業が自身の比較優位に基づいて技術普及サービスの利用を自己選択していることを示しており、一律的な政策アプローチよりも企業特性に応じた支援策の重要性を示唆しています。

6. 地理的制約とデジタル化の影響

パンデミック前は、公設試への物理的距離が技術普及サービスへのアクセスを制約していました。しかし、パンデミック期には、デジタル技術の活用により遠隔サービス提供が拡大し、地理的制約が大幅に軽減されました。これは、デジタル化が公的技術支援の地域格差是正に有効であることを示しています。

7. 政策的含意・提言

研究結果は、公設試の技術普及サービスが中小企業支援において有効な政策手段であることを実証しています。特に、公設試の認知度向上、無形資産投資との連携強化、デジタルサービス提供の拡充が重要な政策課題として浮上しました。また、企業の吸収能力向上を支援することで、危機時における中小企業のレジリエンス強化が可能であることも示唆されています。

8. パンデミックによる変化の詳細

COVID-19パンデミックは、技術普及サービスの提供方法と効果に大きな変化をもたらしました。対面サービスからデジタルサービスへの移行により、地理的制約が軽減される一方で、企業の吸収能力の重要性が一層高まりました。この変化は、今後の公的技術支援政策の設計において重要な示唆を提供しています。

9. 国際的視点での意義

日本の公設試システムは、地域に根ざしたイノベーション仲介機関として機能しており、その効果が定量的に実証されたことは国際的にも重要な意義を持ちます。他国における類似の公的技術支援制度の設計や評価において、本研究の知見が活用される可能性があります。

10. 今後の研究課題と展望

本研究は、技術普及サービスの効果測定における新たな分析手法を提示しましたが、今後はより長期的な効果の検証、業種別・地域別の詳細分析、デジタル化の進展に伴う新たなサービス形態の効果測定などが重要な研究課題となります。また、企業の吸収能力向上を支援する具体的な政策手段の開発も求められています。