海洋科学と政策の連携における国際的なリーダーシップと海洋二酸化炭素除去技術について分析・解説したものです。この記事は、米国ウッズホール海洋研究所(WHOI)所長のPeter B. de MENOCAL氏が2025年4月16日に笹川平和財団で行った特別講演をもとに作成されたもので、世界最大の民間海洋研究機関であるWHOIの使命と最新の研究動向について詳細に紹介しています。
WHOIは55年間にわたってMITとの共同教育プログラムを継続し、基礎・応用両面から海洋に関わる根本的課題の理解を深めてきました。同機関の特徴は、高コストでリスクの高い問題にも機動力をもって取り組むフラットで協働的な組織文化と、世界水準の調査船や水深6,500mまで潜航可能な有人潜水艇アルビンなど、比類なき海へのアクセス能力にあります。アルビンは地球上の生命起源の一つと考えられる熱水噴出孔を発見するなど、根源的発見を生み出し続けています。
現在WHOIが注力している研究分野は多岐にわたり、海洋と気候の相互作用、海面上昇が沿岸資産に及ぼす影響、洋上風力などの次世代エネルギー、将来の食料安全保障、海棲哺乳類やサンゴ礁の保全、海洋マイクロプラスチック対策などが含まれます。特に注目されるのは、年間約5,000万ドルの連邦資金で運営する「海洋観測イニシアチブ」で、全世界約4,000基のArgoフロートの4分の1をWHOIチームが開発・投入し、大気中の温室効果ガスによる余剰熱の約93%を海が吸収していることを実証しました。
最も重要な研究領域として、海洋二酸化炭素除去(mCDR)技術があります。海は大気の50倍の炭素貯蔵容量を持ち、毎年CO2の人為的排出量の約4分の1を吸収しています。WHOIは、海洋が光合成を利用してさらなる有機炭素を深海へ沈降させる能力の「増幅」について研究を進めており、生物学的手法と鉱物風化促進などの非生物的解決策の両方を検討しています。氷期と間氷期の間で海は大気中のCO2を100ppm分引き下げたと推定されており、現代においても同規模の手法が安全かつ効果的に機能するかを検証中です。
将来構想として、WHOIは「海のインターネット」と呼ばれる全球規模センサー網の構築を計画しています。これは炭素関連の栄養塩を計測するセンサーを戦略的に配置し、mCDRの効果、深海への貯留耐久性、生態系・沿岸社会への安全性、技術的・経済的実用性を総合的に検証するシステムです。この計画には理事長の寄付2,500万ドルと連邦資金を合わせて約5,000万ドルが調達されていますが、十億ドル規模の課題として世界全体の協力が不可欠とされています。
記事は、海洋による炭素吸収能力の活用が地球温暖化対策の重要な選択肢となる可能性を示しつつ、大規模介入による予期せぬ影響を回避するため基礎科学がリードする必要があり、国際的パートナーシップと社会的許容性の構築が成功の鍵であると結論づけています。