デジタル技術を活用した持続可能な海洋産業の未来について分析・解説したものです。この記事は東京科学大学副学長の阪口啓氏と特任専門員の渡邉文夫氏による、同大学が推進する「スマートオーシャン」プロジェクトの取り組みとビジョンを紹介したものです。東京科学大学は「よき地球・よき社会・よき生活」の3つのビジョンのもと、AI・デジタルツインとフィジカル空間の連携により、地球環境・未来産業・食料安定供給・健康安心生活が連鎖する「よき未来のオーシャン」を目指しています。
プロジェクトの背景として、2016年の政府による超スマート社会実現目標を受け、東京科学大学では2018年に超スマート社会（SSS）推進コンソーシアムを設立し、60余機関の参加を得て産学官連携による教育研究を展開しています。地球表面積の約7割を占める海は、食糧供給や地球温暖化などの課題解決における最後のフロンティアとして位置づけられ、日本の広大な排他的経済水域を活用した海洋資源利用の重要性が強調されています。
具体的な取り組みとして、2021年6月からスタートしたスマートオーシャン検討では、デジタル田園都市構想の海洋版を目指す駿河湾スマートオーシャン議員連盟の設立（2022年1月）、G7広島サミット（2023年5月）での提言などを経て、駿河湾に実証フィールドを構築しました。このフィールドでは湾全域をカバーする通信ネットワークを基盤として、漁業のスマート化、物流のスマート化、サステナブルオーシャンの実現を推進しています。
中核技術として「定置網デジタルツイン」の開発が進められており、漁業者の協力を得て駿河湾の定置網にリアルタイムデータ収集用センサーと通信装置を設置し、水揚げされた魚種・漁獲量情報と漁業者の経験・ノウハウをAIで分析しています。これにより定置網内の魚の状況推定が可能になり、将来的には魚種・漁獲量・市場価値を推定した適切な引き上げ日設定や、市場・小売業者・レストランへの事前通知による付加価値向上が期待されています。
この海洋デジタルツインのアプローチは海上養殖や沿岸漁業にも応用可能で、ASV（小型無人ボート）やドローンに搭載したセンサー情報の集合知により近未来推定を行い、水揚げのロボット化と組み合わせることで、安全で無駄がなく環境負荷の少ない持続可能な海洋産業の実現を目指しています。さらに、漁業者から消費者までのサプライチェーン全体のスマート化が最終目標とされています。
東京科学大学のビジョンでは、海藻による二酸化炭素吸収促進、海洋ごみ・マイクロプラスチック問題の科学技術的解決、先端ロボット技術・AI・通信技術の水産・海運への実装、精緻な海洋デジタルツインによる資源予測と環境変動リスク回避などが統合されています。記事は、SDG14「海の豊かさを守ろう」の達成に向けて、地球環境・未来産業・食料安定供給・健康安心生活が連鎖する包括的なエコシステムの構築が、持続可能な海洋社会の実現に不可欠であると結論づけています。