国立国会図書館が2025年8月に刊行した「外国の立法」シリーズの立法情報・翻訳・解説記事で、アメリカの性的な図画の一定の公表を犯罪とする連邦法の制定に関する法的分析を扱った専門的な立法調査報告です。
立法の背景とデジタル時代の課題
インターネットとソーシャルメディアの普及により、同意なしに性的な画像や動画を公開・拡散する「リベンジポルノ」や「非同意ポルノ」(Non-Consensual Pornography)が深刻な社会問題となっています。被害者の多くは女性であり、元パートナーによる報復目的での画像公開、ハッキングによる私的画像の流出、AI技術を使用した偽の性的画像(ディープフェイク)の作成・拡散などにより、精神的苦痛、社会的信用失墜、経済的損失を被るケースが急増しています。従来、この問題は各州法での対応に委ねられていましたが、州境を超えたインターネット上での犯罪の性質上、連邦法による統一的な規制が必要との認識が高まり、本法の制定に至りました。
法律の主要規定と適用範囲
本連邦法は、被害者の同意なしに性的な内容を含む画像・動画を故意に配布・公開する行為を連邦犯罪として規定しています。具体的には、私的な関係において撮影・作成された性的画像の無断公開、ハッキングや盗撮により入手した画像の配布、AI技術を使用した偽の性的画像(ディープフェイク)の作成・流布などが処罰対象となります。罰則は最大5年の懲役および最大25万ドルの罰金とされ、組織的・営利目的の場合はより重い刑罰が科せられます。また、被害者への民事救済手段として損害賠償請求権も法的に保障されています。
憲法上の論争と表現の自由
本法の制定過程では、合衆国憲法修正第1条(表現の自由)との関係について激しい議論が展開されました。批判者は、性的表現に対する規制が表現の自由を過度に制約する可能性を指摘し、芸術表現、報道の自由、政治的風刺などの正当な表現活動が萎縮効果を受けることを懸念しています。一方、法律支持者は、被害者のプライバシー権、人格権、安全権がより根本的な憲法的価値であり、特定の状況下での表現規制は憲法的に許容されると主張しています。
執行体制とテクノロジー企業の責任
本法の効果的な執行のため、FBI(連邦捜査局)にサイバー犯罪専門部署が新設され、州・地方警察との連携体制が強化されています。また、インターネットプラットフォーム企業に対して、違法コンテンツの迅速な削除、被害者への通報・相談窓口設置、再投稿防止技術の導入などが法的義務として課せられています。Google、Meta、Twitter(現X)などの大手テック企業は、AI技術を活用した自動検出システムの開発・導入を進めており、業界団体を通じた自主規制強化も並行して実施されています。
国際協力と域外適用
デジタル犯罪の国境を越えた性質に対応するため、本法は一定の条件下で域外適用を認めており、海外のサーバーを使用した犯罪行為や外国人による米国民への被害についても処罰対象となります。欧州連合(EU)のGDPR(一般データ保護規則)、英国のオンライン安全法、オーストラリアのイメージベース虐待犯罪法などとの国際的な法執行協力体制の構築が進められています。
社会的影響と今後の課題
本法の制定は、デジタル時代における人権保護の新たな法的枠組みとして国際的に注目されており、類似の立法が他の先進国でも検討されています。しかし、技術的な検出・削除の困難性、国際的な法執行協力の限界、新技術(VR、メタバース等)への対応などの課題も残されており、継続的な法制度の見直しと技術的対応の進歩が求められています。
記事は、アメリカの性的図画規制法がデジタル人権保護の国際的なスタンダード形成にどのような影響を与え、表現の自由とプライバシー保護のバランスをいかに確保するかという現代的課題に対する法的アプローチとして、どのような示唆を提供するかについて詳細な分析を行っています。