財務総合政策研究所「フィナンシャル・レビュー」第160号に掲載された論文です。清水順子教授を中心とする研究チームが、税関申告データを用いてインボイス通貨選択と為替レートのパススルー(価格転嫁)について分析した研究成果です。
主要なポイント
1. 研究の背景と目的
- 執筆者:清水順子、伊藤隆敏、佐藤清隆、吉田裕司、吉見太洋、吉元宇楽
- 研究課題:日本の貿易取引における通貨選択パターンと為替変動の価格への影響
- データ:税関申告データによる取引レベルの詳細情報
- 意義:為替リスク管理と国際競争力の理解に不可欠な分析
2. 税関申告データの特徴と利点
- 詳細性:個別取引ごとのインボイス通貨情報を含む
- 網羅性:全輸出入取引をカバーする悉皆データ
- 時系列性:通貨選択の変化を追跡可能
- 先行研究との差別化:集計データでは不可能な分析が可能
3. 国別のインボイス通貨シェアとその要因分析
- 円建て取引の特徴:
- アジア向け輸出で比較的高いシェア
- 先進国向けでは現地通貨建てが主流
- ドル建て取引の優位性:第三国通貨としてのドルの役割
- 決定要因:
- 取引相手国の特性
- 商品の差別化度
- 市場競争の程度
4. 企業内貿易とインボイス通貨選択
- 多国籍企業の特殊性:
- 本社-子会社間取引での通貨選択パターン
- リスク管理の内部化
- 通貨選択の安定性:企業内貿易では通貨切り替えが少ない
- 戦略的考慮:グループ全体での為替リスク最適化
5. 戦略的補完性と通貨マッチング
- 戦略的補完性:競合他社の通貨選択への追随傾向
- 市場慣行の役割:産業・地域ごとの通貨使用慣行
- ネットワーク効果:特定通貨使用の自己強化メカニズム
- 政策的含意:通貨の国際化における経路依存性
6. 為替レートのパススルー分析
- 輸出価格への転嫁:
- 完全転嫁は稀で、部分的転嫁が一般的
- インボイス通貨によって転嫁率が異なる
- 輸入価格への影響:
- 消費財と中間財で転嫁パターンが異なる
- 市場構造による転嫁率の差異
- 非対称性:円高時と円安時で転嫁行動が異なる
7. 主要な研究成果
- 理論的貢献:
- 通貨選択の内生性を考慮した分析枠組み
- 戦略的相互作用の実証的証拠
- 実証的発見:
- 日本企業の通貨選択の特殊性
- 為替転嫁の不完全性とその要因
- 方法論的革新:ミクロデータを用いた精緻な分析
8. 政策的示唆
- 円の国際化:使用拡大のための障害と促進要因
- 企業の為替リスク管理:最適な通貨選択戦略
- マクロ経済政策:為替レート変動の実体経済への影響評価
- 通商政策:FTA等での通貨条項の検討
本研究は、税関申告データという詳細なミクロデータを用いることで、従来の研究では明らかにできなかった日本の貿易における通貨選択と為替転嫁の実態を解明し、理論と実証の両面で重要な貢献をしています。