研究の背景と目的
財務総合政策研究所の研究チームが、リーマンショック後からアベノミクス期、コロナ禍を含む2008年から2023年までの16年間にわたる日本の所得格差の実態を、最新の所得税データを用いて精緻に分析した。従来のMoriguchi and Saez(2008)の手法を改良し、2008年以降に拡充された申告所得税データ(国税庁統計年報、申告所得税標本調査)と民間給与実態統計調査を組み合わせて、成人人口の上位0.01%から上位20%までの所得階層が得た所得シェアを推計した。
主要な分析結果(譲渡所得を除く場合)
最上位階層の所得集中拡大: 2013年以降の景気回復期において、上位0.01%(約1万人)の所得シェアは2008年の0.65%から2023年には0.8%へ拡大し、上位0.1%(約10万人)では2.45%から2.65%へ増加傾向を示した。これは経営者報酬等の高額給与所得の拡大が主因とされる。
中位階層の所得シェア低下: 対照的に上位1%、10%、20%の所得シェアは2014年前後をピークに低下傾向を示した。これは女性・高齢者の労働参加率上昇により、従来非労働力人口だった層がプラスの給与収入を得るようになったことで下位所得シェアが増大したためと分析している。
具体的な所得閾値: 2008年から2023年の全期間平均で、上位10%の閾値は680万円、上位1%は1,400万円、上位0.1%は3,660万円、上位0.01%は約1億円となっている。
キャピタルゲイン(譲渡所得)の影響
劇的な所得シェア増加: 譲渡所得を含めると所得格差の拡大はさらに顕著となる。2008年から2023年の間に、上位0.01%の所得シェアは1.0%から2.3%へ2.3倍増加、上位0.1%は3.0%から4.8%へ1.6倍増加、上位1%は9.8%から12%へ1.2倍増加した。
株式売却益の急増: 特に2010年代以降、申告される株式等の譲渡所得が顕著に増加し、資産価格上昇局面でのキャピタルゲイン実現が最上位層の所得シェア押し上げに大きく寄与している。
閾値への影響: キャピタルゲインを含めると、上位0.01%の閾値は1億円から1.5億円(48%増)、上位0.1%は3,660万円から4,324万円(18%増)、上位1%は1,394万円から1,460万円(5%増)となり、最上位層ほど影響が大きい。
方法論の革新
データ精緻化: 2008年以降拡充された還付申告者(1,200〜1,300万人)の所得情報、所得者区分の細分化、高額所得階層の詳細区分(5,000万円以上が8ブラケットに細分化)を最大限活用した。
統計手法: パレート内挿法による上位所得シェア推計、複数データソースの統合処理、頑健性検証を実施し、分析対象所得の規模は2008年の270.2兆円から2023年の302.9兆円となり、国民純所得(NNI)の約6割をカバーしている。
国際比較と長期的視点
戦後半世紀の長期的観点から見ると、キャピタルゲインを除いた上位1%所得シェアの2008〜2023年の変動幅は比較的緩やかだが、キャピタルゲインを含めた上位0.01%所得シェアは1980年代バブル期に迫る水準まで上昇している点が注目される。ただし、バブル期は主に土地・建物等の譲渡が中心だったのに対し、近年は株式等の売却による影響が大きいという構造変化も確認された。