日本銀行が2025年8月22日に公表したワーキングペーパー「内外投資ファンドのプレゼンス拡大を勘案した探索的シナリオ分析」は、金融システムの安定性評価において極めて重要な分析を提供している。近年のノンバンク部門、特に投資ファンドの影響力拡大を受け、従来の銀行中心のストレステストでは捕捉しきれないシステミックリスクを定量的に評価する先駆的な試みとなっている。
本論文の核心は、リーマンショック級の金融危機が発生した際に、オープンエンド型ファンドを中心とする投資ファンドが保有有価証券の大規模売却を行うことで、金融システム全体にどのような追加的ストレスが波及するかを三つの経路で分析している点にある。第一に資産価格の一段の下落、第二に実体経済への一段の悪影響、第三に本邦金融機関の海外ファンド向け投融資の毀損という経路を通じて、従来のストレステストでは見えなかったリスクを可視化している。
分析結果によると、シミュレーション終期（2027年度末）における自己資本比率への増幅効果は、国際統一基準行で約1％ポイントの減少となっている。この影響は決して軽視できない水準であり、特に内外実体経済の悪化による信用コストの増加が全業態に影響を与える一方、資産価格下落や海外ファンド向け投融資の毀損は国際統一基準行により深刻な影響を与えることが明らかになった。
政策的含意として最も重要なのは、グローバルな投資ファンドの行動が日本の金融システムに与える影響の大きさが定量的に示されたことである。従来の国内金融機関中心の分析では把握しきれなかったクロスボーダーのシステミックリスクが、具体的な数値として提示されており、金融システム監督政策の高度化に向けた重要な知見を提供している。
ただし、論文も指摘するように、ノンバンクの投資行動や金融システム全体への波及効果に関するデータや研究蓄積は現時点では限定的であり、結果は幅を持って解釈する必要がある。それでも、この分析は日本銀行が金融システムの安定性評価において、より包括的で現実的なアプローチを採用していることを示す重要な成果といえる。