マレーシア・スランゴール州で発生したガスパイプライン爆発事故を受けた契約上の紛争予防策について解説したものです。
事故の概要と企業への影響
2025年4月1日午前8時過ぎ、スランゴール州プトラハイツでペトロナスのガスパイプライン大規模爆発・火災事故が発生し、約150人の負傷者、200軒超の家屋損傷、500人以上の避難を引き起こしました。火災は約7時間半後に鎮火されましたが、6月30日の調査結果では事故原因はパイプ周辺の地盤軟弱化とされています。
この事故により日系企業も深刻な影響を受け、事故発生地から遠く離れた北部ペナン州や東海岸地域でもガス供給断絶による操業停止や製造ライン滞留が発生しました。ガス供給は4月中旬に再開されたものの必要量の60%程度にとどまり、代替燃料の利用や競合他社からの部材購入を余儀なくされた企業が損害賠償を検討する事態となっています。
不可抗力条項の法的位置づけ
このような事故における損害賠償の可否は、当事者間契約の不可抗力条項が決定的な要因となります。不可抗力条項は「契約履行を実質的に不可能または著しく困難にする予測不可能な外的要因・状況」に適用される条項で、マレーシア契約法上では具体的定義は設けられていませんが、当事者による不可抗力事由の設定は禁止されていません。
マレーシアはコモンロー法体系であり、日本の大陸法系と異なり契約解釈では契約書記載事項のみが考慮され、当事者間の協議状況や交渉内容は原則として考慮されません。多くの英文契約書には契約締結前の協議を一切考慮しない旨の条項(Entire Agreement Clause)が含まれており、締結段階での入念なリーガルチェックが必要です。
契約上の留意事項と対策
不可抗力条項の適用を宣言された場合の対応として、需要者は事故原因に人為的ミスが含まれていないか、適切な予防措置により事故発生を防げたかの精査が不可欠です。パイプライン保守点検の管理権限を持つガス供給事業者の場合、供給停止はコントロール可能な事象として不可抗力条項適用が否定される可能性が高くなります。
契約締結時の重要な対策として、「火災」「爆発」等を不可抗力事由から明示的に除外し、「合理的な注意を払った場合に発生を阻止できる事項は不可抗力に当たらない」等の規定設定が推奨されます。また、供給断絶が一定期間継続した場合の代替措置保証条項(代替品調達義務や費用負担義務)を併用することで、供給断絶リスクを軽減できます。
記事は、定型文の安易な使用を避け、事業特性を踏まえた予見可能な事象の除外や必要に応じた修正交渉の重要性を強調し、契約上の不可抗力条項の適用範囲限定により紛争予防を図ることを提言しています。