台帳を用いない決済システムの技術的革新性
本論文は、従来の台帳ベース決済システムとは異なる「電子現金」(electronic cash)システムについて、スマートフォンを用いた実証実験を含む包括的な技術検証を行った研究である。著者は日本銀行金融研究所、NTT、NTTデータの共同研究チームで、2025年の技術水準での実用性を詳細に分析している。
電子現金システムの基本構造と従来システムとの差異
現行の決済システムは「台帳ベース」方式を採用し、サービス提供者が全取引を記録・管理する。対照的に電子現金システムでは、物理的な現金の受け渡しと同様、送金者から受取者へ直接電子データを転送することで決済を完了する。この方式では、利用者登録と電子現金発行時のみサービス提供者が関与し、送受金プロセスは当事者間の通信のみで完結する。
技術的優位性と実証実験の成果
電子現金システムは従来システムに対し複数の技術的優位性を持つ。サーバー障害耐性(サーバーダウンの影響最小化)、ネットワーク障害耐性(インターネット接続なしでの決済可能)、高い処理効率(提供者のサーバーではなく端末の処理能力に依存)、取引プライバシーの保護(提供者が取引詳細を把握不要)を実現する。1990年代の実証実験では技術的制約により実用性確保が困難だったが、本研究ではスマートフォンを用いた実証実験により現在の技術水準での高い実用性を実証した。
プログラマビリティとセキュリティ機能
電子現金システムは高度なプログラマビリティを提供し、利用期限設定や利用範囲制限等の独自ルールを電子現金発行時に組み込める「プログラマブルマネー」機能を実現する。ただし、セキュリティ面では利用者端末にTamper Resistance(改ざん耐性)機能搭載が必要で、具体的にはスマートフォンのeSE(embedded Secure Element)活用を想定している。
利便性向上技術と将来展望
研究チームは電子現金の分割・統合機能による任意金額決済や、同一利用者の取引追跡困難化によるプライバシー強化手法を提案している。将来的には6G通信システムの高度暗号化機能やTEE(Trusted Execution Environment)をエッジネットワークに配置することで、端末紛失リスクの軽減も検討されている。
本研究は技術面に特化しており、法制度・実用化の社会的実現可能性は検討対象外としているが、キャッシュレス決済比率80%を目指す政府目標の実現における安定的決済インフラ構築への技術的貢献として位置づけられる。