経済社会総合研究所が2025年7月に公表した「経済分析第210号(企画編集号)~特集:新しい長期推計モデルによる将来展望」について、日本経済の超長期的な将来展望を分析するための新たなモデル開発とその応用に関する論文集をまとめたものです。
本号は、人口減少や技術革新、気候変動など、日本経済が直面する長期的課題に対応するため、従来の短期・中期分析を中心としたモデルから、超長期の経済分析を可能にする新たなモデル開発の成果を特集しています。
巻頭言では、新谷元嗣氏が新しい長期推計モデルの意義について述べ、人口減少下での持続的成長を実現するための政策分析ツールの必要性を強調しています。特に、技術成長を内生化したDSGEモデルとシステム・ダイナミクスという2つのアプローチの重要性が指摘されました。
飯星博邦氏の論文「DSGEモデル開発の課題」では、従来のDSGEモデルが短期・中期の政策分析に特化していた限界を指摘し、長期分析への拡張の必要性と課題を論じています。技術進歩、人口動態、制度変化などの長期的要因をモデルに組み込むことの重要性が示されました。
寺本和弘氏の論文「DSGEモデルによる中長期経済分析」では、技術成長を内生化した新しい定量DSGEモデルの開発について詳述しています。このモデルは、研究開発投資や人的資本の蓄積が技術進歩に与える影響を明示的に考慮し、人口動態や労働参加率の変化も組み込んだ画期的なものです。分析によると、研究開発の効率性向上は短期的には生産活動の減速を伴うものの、長期的には持続的な経済成長をもたらすことが示されました。
川本琢磨氏らの論文「新しい定量DSGEモデルによる政策シミュレーションとその含意」では、開発されたモデルを用いた具体的な政策シミュレーションの結果が報告されています。出生率が1.3のまま停滞する場合、超長期の経済成長率が約2.1%ポイント押し下げられる一方、イノベーション促進政策が継続的に行われた場合、約1.5%ポイント成長率を押し上げる可能性があることが示されました。
滝澤美帆氏の論文「無形資産投資と人的資本形成のアンバランス」では、日本経済におけるR&DやICTへの投資拡大と企業の教育訓練支出低迷のアンバランスを指摘しています。人的資本は他の資本と補完関係にあり、その戦略的投資が生産性向上に不可欠であることから、教育支援の継続性確保や企業インセンティブの再設計の必要性が提言されました。
高橋裕氏の論文「システム・ダイナミクス」では、複雑系を分析するための統合的アプローチとしてのシステム・ダイナミクスの手法と特徴を解説しています。コンピュータシミュレーションを用いた戦略と政策設計のための支援ツールとして、その有用性が示されました。
野村裕氏らの論文「システム・ダイナミックスモデルを用いた超長期の日本経済将来展望」では、2100年頃までの日本経済の将来像を数万通りのシミュレーションで分析しています。日本の総人口は最大1億3千万人から最小4千万人、GDPは最大20兆ドルから最小3.0兆ドルという幅広い結果が示され、若年層への所得分配と外国人受け入れ、早期の再生可能エネルギー拡大の重要性が指摘されました。
丸山達也氏の論文「経済計画の経験を振り返って」では、戦後日本の経済計画策定に関わった旧経済企画庁職員へのオーラルヒストリーを通じて、経済審議会におけるコンセンサス形成機能と、各省政策の中長期的整合性チェック機能の重要性が明らかにされました。
記事は、人口減少や技術革新などの長期的課題に対応するためには、新たな分析ツールの開発と活用が不可欠であり、本号で紹介された新しい長期推計モデルは、日本経済の持続的成長に向けた政策立案に重要な貢献をすると結論づけています。