アジア経済研究所(IDE-JETRO)は「ろう者と国家、教育の交差:アジア・アフリカ・ラテンアメリカにおける言語資本としての手話」をテーマとした夏期公開講座を開催し、言語的多様性と社会包摂の観点から国際発展を考察する先駆的なアプローチを展開しています。この講座は、聴覚障害者の言語権保障、手話の言語的地位向上、インクルーシブ教育推進等の人権課題を、発展途上国の社会発展と結び付けて検討する重要な学術的取り組みです。
手話を「言語資本」として位置づける理論的アプローチは、ピエール・ブルデューの文化資本論を障害学・言語学・教育社会学の視点から発展させた革新的な分析枠組みです。手話が持つ文化的価値、社会的威信、経済的機能等を包括的に評価し、聴覚障害者コミュニティの社会参画促進と能力開発支援の新たな政策方向性を提示しています。
アジア・アフリカ・ラテンアメリカ地域における手話教育の現状分析では、各国の言語政策、教育制度、社会保障システム、文化的背景等の違いが聴覚障害者の社会統合に与える影響を比較検討します。特に、音声言語中心の教育システムから手話を含む二言語教育への転換、手話通訳者養成制度の整備、聴覚障害者の高等教育アクセス改善等が重要な政策課題として取り上げられます。
開発協力の観点では、国連障害者権利条約第24条(教育を受ける権利)の実現に向けて、JICAの障害と開発分野での取り組み、UNESCO の インクルーシブ教育推進、World Federation of the Deaf(世界ろう連盟)の国際連携等との関係で、日本の経験と技術移転の可能性が検討されます。
技術革新の活用では、ICT・AI技術を活用した手話教育コンテンツ開発、リモート手話通訳システム構築、手話認識・翻訳技術の発展等により、地理的・経済的制約を克服した教育機会拡大の可能性が議論されます。日本の先進的な支援技術開発経験は、発展途上国における聴覚障害者支援の効率化・高度化に重要な貢献を果たすことが期待されます。
この講座は、SDGs目標4(質の高い教育をみんなに)、目標10(人や国の不平等をなくそう)、目標16(平和と公正をすべての人に)の達成に向けた学際的アプローチを提示し、障害インクルーシブな国際開発政策の理論的・実践的基盤構築に寄与しています。言語的マイノリティとしての聴覚障害者の権利保障を通じた社会正義の実現は、持続可能な開発と人間の安全保障の中核的課題として位置づけられています。