本研究は、東京経済大学現代法学部の常森裕介教授による、社会保障制度における住まい支援の理論的位置づけに関する論文である。2024年の住宅セーフティネット法改正、特に「居住サポート住宅」制度の創設を契機に、住宅政策と社会保障政策の新たな関係性を検討し、住まい支援の射程と今後の課題を明らかにしている。
研究の背景として、日本の住宅政策と社会保障政策の関係における根本的問題を指摘。住居は生活の場であり、どのような住居を得られるかは生活環境全体に直結する。しかし、賃貸住宅では高齢者や障害者といった属性は借地借家法上捨象される一方、福祉施設では要介護認定等のニーズ認定が前提となるという制度的断絶が存在する。実際には、高齢者等は賃貸借契約締結段階で、将来のリスク(健康状態悪化、死亡時の残置物処理コスト等)を理由に拒否されることが多く、契約自由の原則では保護されにくい状況にある。
2024年改正の中核である居住サポート住宅は、このような課題に対応するものである。同制度は、住宅確保要配慮者の入居を拒まない賃貸住宅として登録された住宅において、「生活援助」を提供することを特徴とする。この生活援助は、介護のような限定的サービスではなく、日常生活全体にかかわる支援であり、相談支援と見守り支援を中心とする。具体的には、①入居時・入居中・退去時の各段階での相談対応、②定期的な安否確認、③緊急時対応、④必要に応じた福祉サービスへの橋渡しなどが含まれる。
論文は、居住サポート住宅における生活援助を、地域包括ケアシステムや重層的支援体制整備事業との関連で位置づける重要性を指摘。特に、身寄りのない単身高齢者の問題は住居確保に限らず生活全体に及んでおり、医療や社会サービスを受けるための支援も必要となる。このため、住居を確保するだけでなく、生活全体に対する包括的支援の提供が不可欠である。
研究は、住宅セーフティネット法の今後の課題として以下を提示している。第一に、同法の目的が依然として「住宅供給の促進」に重点を置いており、個々の要配慮者への個別支援の視点が不十分であること。第二に、住居確保支援に特化した個別支援計画の策定の必要性。第三に、空き家活用という政策目的と住まい支援の本来的目的との整合性の再検討。第四に、生活援助を社会保障制度に過度に委ねることへの警戒の必要性。
結論として、社会保障における住まい支援は、住宅政策が住宅供給を担い、社会保障制度が生活援助を担うという単純な役割分担では不十分であり、両者の有機的連携が必要であることを強調。居住サポート住宅は、この連携の新たなモデルとなる可能性を持つが、その実効性を高めるためには、住宅政策と社会保障政策の垣根を越えた制度設計と運用が求められる。本研究は、住まいを基本的人権として位置づけ、社会保障の一環として保障する制度構築への理論的基盤を提供する重要な成果である。