オーストリアの個人森林所有者が活発に林業経営を行える要因を、日本の熊本県阿蘇地域との詳細な比較調査により解明した研究である。両地域の構造的差異は顕著で、オーストリアの森林所有規模は平均20.6ヘクタールと阿蘇地域の8.9ヘクタールの2.3倍に達し、所有地の分散度も2.8箇所と阿蘇の5.8箇所より大幅に集約されている。さらに重要な点として、所有者の平均年齢が49歳と阿蘇の70歳より21年若く、次世代への円滑な継承が実現していることが挙げられる。
林業経営の実態面では、オーストリアの自伐率が90%という驚異的な水準に達し、専門業者への委託が主流の阿蘇(自伐率5%未満)とは対照的である。この高い自伐率を支える要因として、①法制度による最小経営規模の維持(相続時の細分化を防ぐ仕組み)、②62歳までの土地譲渡を促す年金制度設計、③森林組合を通じた直接的な原木販売による流通コスト削減、④充実した林道網(100ヘクタール当たり45メートル)と高度な機械化による作業効率化、⑤森林技術者による無料の経営指導体制、などの総合的な制度・インフラ整備が確認された。
経済性の観点では、オーストリアの森林所有者の収入は日本の4~6倍に達しており、林業が持続可能な生業として確立している。この収益性の差は、単なる木材価格や生産性の違いだけでなく、所有構造の適正化、計画的な世代交代、自伐を可能にする技術支援体制、中間マージンを削減する効率的な流通システムなど、林業を取り巻く社会制度全体の設計の違いに起因することが明らかになった。
本研究の示唆は、日本の林業活性化には個別の技術導入や一時的な補助金政策だけでなく、森林所有の集約化促進、若年層への計画的な継承を促す税制・年金制度の見直し、自伐林業を支援する技術研修・機械導入支援・流通改革など、包括的な構造改革が不可欠であることを示している。特に、法的枠組みによる適正規模の維持と世代交代の制度的促進は、持続可能な森林経営の実現において最優先の政策課題として位置づけられる。オーストリアの成功事例は、適切な制度設計により個人森林所有者の経営意欲を引き出し、活力ある林業を実現できることを実証している。