学習院大学の渡邉真理子教授が、中国の「過剰生産」現象を通じて産業政策と通商ルールの関係について分析したBBLウェビナーセミナーの記録です。
セミナーの背景と問題意識
現在の米中経済摩擦は、かつての日米経済摩擦と同じ経済的構造に起因しているという認識から出発しています。新興国が構築した規模の経済が、市場である先進国の産業基盤を毀損し、両国間に社会的な緊張を生み出すという共通のメカニズムが存在します。日米摩擦は、WTO（世界貿易機関）による裁定に加え、日本の対米直接投資や、新興技術分野のゼロ関税を定める情報技術協定を通じた規模の利益の共有により沈静化しました。しかし、中国の場合は状況がより複雑で深刻な様相を呈しています。
中国の産業政策の特徴と影響
渡邉教授の分析によると、中国の産業政策は日本の産業政策をより精緻化したものです。そのため、規模の経済がより強力に作用し、他国への影響がより広範囲かつ大規模になっています。特に注目すべき点は、中国が日本の経験から学び、より体系的で包括的な産業育成策を実施していることです。これにより、特定産業における生産能力の急速な拡大と、それに伴う過剰生産問題が発生しています。また、長期にわたる政治的対立の結果、経済的な規模の力を政治的目的に濫用する動きも観察されており、純粋な経済問題を超えた複雑な状況を生み出しています。
現行WTOルールの限界
セミナーでは、現在のWTO体制が抱える構造的な問題点が指摘されました。既存のWTOルールには、規模の経済による不均等を適切に補正する仕組みが欠如しています。これは、WTOが設立された1995年当時、現在のような大規模な新興国の台頭と、それに伴う過剰生産問題を想定していなかったためです。中国のような巨大な生産能力を持つ国が、政府主導で特定産業を育成し、その結果として生じる市場の歪みに対して、現行ルールでは効果的な対応ができない状況にあります。
解決に向けた提言
渡邉教授は、現在の世界的な経済摩擦を解消するための新たな道筋を提示しました。具体的には、規模の経済による不均等を補正する新しい国際的な仕組みの構築が必要であると主張しています。これには、過剰生産能力の定義と測定方法の確立、市場歪曲効果の評価基準の策定、そして是正措置の段階的な実施プロセスの設計が含まれます。また、単なる貿易制限ではなく、生産能力の調整と市場アクセスの相互性を確保する建設的なアプローチが重要であることが強調されました。
政策的含意と今後の展望
セミナーでは、経済産業省通商政策局の福永佳史北東アジア課長がコメンテーターとして参加し、政策実務の観点から議論を深めました。2025年6月26日に開催されたこのオンラインセミナーには多くの参加者が集まり、活発な質疑応答が行われました。議論を通じて、産業政策と通商ルールの調和を図ることの重要性と、国際協調に基づく新たな枠組み構築の必要性が改めて確認されました。
セミナーは、グローバル経済における構造的な課題に対する学術的分析と政策的対応の融合を図る貴重な機会となりました。