多国籍企業のサプライチェーンに対する自由貿易協定(FTA)の効果について、理論と実証の両面から分析した研究論文です。
研究の背景と目的
日系製造業企業のデータ分析により、日系多国籍企業が従来の親会社との垂直的な取引関係ではなく、現地市場と第三国市場を結ぶ水平的なサプライチェーンネットワークを展開していることが明らかになりました。本研究は、こうしたネットワーク構築に対してFTAがどのような影響を与えるかを理論モデルの構築と実証分析によって解明することを目的としています。研究手法として、企業の異質性を考慮したシンプルな理論モデルを発展させ、そこから導かれる理論的含意を企業レベルのデータを用いて検証しました。
理論モデルの構築と分析
本研究では、FTAが企業の売上に与える影響を分析するための理論モデルを開発しました。このモデルでは、FTAのルール遵守に必要な固定労働投入、関税率、FTA加盟国数などの外生変数の変化が、現地市場および他国市場での売上にどのような経路で影響を及ぼすかを明示しました。しかしながら、理論分析の結果、これらの変数が売上を増加させるか減少させるかについては一意に確定できないことが判明しました。これは、FTAの効果が複数の経路を通じて相互に作用し、その総合的な効果が市場条件や企業特性によって異なるためです。
実証分析の結果
理論モデルから導かれた含意を検証するため、日系多国籍企業の詳細なデータを用いて実証分析を行いました。分析の結果、地域FTA(複数国間の自由貿易協定)は第三国市場での売上に対して統計的に有意な正の効果を持つことが明らかになりました。一方で、日本との二国間FTAは現地販売に対して有意な影響を持たないことが判明しました。この結果は、FTAの形態によってその効果が大きく異なることを示しており、地域的な経済統合が企業の第三国展開を促進する重要な要因となっていることを示唆しています。
大市場とのFTAの効果
さらに詳細な分析により、現地法人所在国とASEAN、中国、EU、米国といった大市場との二国間FTAの効果は、大市場側の経済条件や制度的要因によって大きく異なることが明らかになりました。例えば、ASEAN市場とのFTAは製造業の中間財貿易を促進する効果が強い一方、EU市場とのFTAはサービス産業への参入障壁の低下という形で効果が現れています。また、中国市場とのFTAは、現地生産拠点の設立よりも輸出拡大という形で企業行動に影響を与えていることが示されました。
政策的含意と結論
本研究の結果は、日系多国籍企業が様々なタイプのFTAを戦略的に活用してグローバルなサプライチェーンネットワークを構築・展開していることを実証的に示しています。特に、地域FTAが企業の第三国市場展開において重要な役割を果たしていることは、今後の通商政策立案において重要な示唆を与えます。また、FTAの効果が相手国の市場条件によって異なることは、画一的なFTA交渉ではなく、相手国の特性を考慮したきめ細かな協定内容の設計が必要であることを示唆しています。
研究は、グローバル化が進展する中での企業の戦略的行動と通商政策の相互作用について、理論と実証の両面から包括的な分析を提供しています。