能動的サイバー防御(ACD)における攻撃者への対抗オペレーションの実施方法と、その「勝利」の定義・評価方法について、軍事戦略理論の観点から分析・考察したものです。
主要なポイント
1. サイバー攻撃キャンペーンと対抗オペレーションの概要
- 安全保障上の影響を与えるサイバー攻撃は「攻撃キャンペーン」形態で実施(数年単位で繰り返し)
- 2023年発覚のVolt Typhoon:有事における重要インフラ破壊・妨害の準備攻撃を断続的に実施
- 2022年ウクライナ侵攻:数カ月前から準備活動、2015年以降同様の攻撃が繰り返し実施
- 攻撃の繰り返しは必ず攻撃者側の「弱点」を露呈、対抗オペレーションの余地を生む
- 対抗オプション:アクセス・無害化、通信遮断(強力)から注意喚起、情報共有(ソフト)まで多様
2. 対抗オペレーションの課題と期待される効果
- 現状の課題:組織間連携不足、情報共有の遅れなど「摩擦」により実施タイミングが遅延
- 攻撃キャンペーンの完全な中断・停止には至っていない状況
- 能動的サイバー防御の態勢整備により期待される効果:
- 情報共有の見直し・強化
- 通信情報の分析という新たな手段
- 対抗オペレーションのサイクルを早く回し、効果的ダメージを攻撃者に与える
3. 対抗オペレーションの「勝利」の4つの評価観点
- ①目標ベースの評価:目標達成状態で勝利を宣言(Volt TyphoonやHunt Forwardオペレーション)
- ②費用対効果ベースの評価:政治的目標達成にかかった費用との比較で評価
- ③観念ベースの評価:勝利の概念は社会的に構築されるもの(2025年4月WSJ報道の米中会合事例)
- ④規範ベースの評価:二者間で規範構造を共有することで勝利が理解される
- 2016年米大統領選挙へのロシア介入:米国(刑事手続き)とロシア(軍事作戦)のルールの食い違い
4. 戦略的オーディエンスへの説明における4つの課題
- ①目標ベース評価の課題:脅威分析が不適切で攻撃目的を捕捉できていない(2022年2月の自動車サプライチェーン攻撃事例)
- ②費用対効果ベース評価の課題:
- 被害組織は攻撃キャンペーン阻止後も同様の対応コストが発生
- 情報漏えいの「可能性」調査、各省庁・ステークホルダー・メディア対応など膨大な「見えないコスト」
- ③観念ベース評価の課題:脅威の過大評価問題、「怖がらせる」アプローチの構造的課題
- ④規範ベース評価の課題:攻撃者と防御側で異なる制度・ルールで対応している問題
5. 能動的サイバー防御成功への提言
- 「アクセス・無害化」「通信情報分析」など目立つ施策への注目偏重を避ける
- 課題の焦点は「脅威分析」と「インシデント対応」という旧来の取り組みにある
- 長年の知見の蓄積がある分野を改めて見直すことで対抗オペレーションの「勝利」が見えてくる
- 執筆者:佐々木勇人(JPCERTコーディネーションセンター脅威アナリスト)
- 2025年7月10日公開
記事は、能動的サイバー防御の成功には、新しい技術的手段だけでなく、既存の脅威分析とインシデント対応の仕組みを攻撃者の実態に即して見直し、戦略的オーディエンスに「勝利」を適切に説明できる制度設計が不可欠であると結論づけています。