日本政策金融公庫が2025年7月に発行した広報誌「日本公庫つなぐ」第35号の特集「スタートアップが紡ぐ物語〜ディープテックが未来を創る〜」についての報告です。
本号では、政府の「スタートアップ育成5か年計画」が折り返しを迎える中、日本経済のけん引役として期待が高まるスタートアップ、特に科学的な発見に基づく革新的な技術を活用して社会にインパクトを与えているディープテック・スタートアップを特集しています。
巻頭の炉辺談話では、元柔道女子日本代表の松本薫氏が登場し、ロンドンオリンピック金メダリストから引退後にアイスクリーム事業に転身した経緯を語っています。現役時代に培った「やり切る力」を支えに、乳製品・白砂糖・トランス脂肪酸不使用、グルテンフリーという特長を持つアイスクリームを開発・製造し、アスリートや体重制限が必要な人、妊婦などにも楽しんでもらえる商品を提供しています。
寄稿では、中小企業基盤整備機構の石井芳明創業・スタートアップ支援部長が、スタートアップの意義や政府支援について解説しています。経済産業省の定義では、スタートアップは①新しい企業で、②新しい技術やビジネスモデルを有する、③急成長志向の企業とされています。スタートアップの経済効果として、雇用創出は52万人、GDP創出は19兆円に達していることが示されています。政府の「スタートアップ育成5か年計画」では、人材、資金供給、オープンイノベーションを柱に支援を強化しています。
特集では4つのディープテック・スタートアップを紹介しています。第1は静岡県浜松市の株式会社Magic Shieldsで、「硬くて柔らかい」特殊な床材を開発し、転んでも骨折しない環境を実現することで超高齢社会の課題解決に取り組んでいます。
第2は大阪府大阪市の株式会社Thinkerで、近接覚センサー搭載のロボットハンド「Think Hand F」を開発しています。指先のセンサーで物体を感知し、透明な物や形状が複雑で繊細な野菜・花なども破損せずに扱えるのが特徴で、中小製造業の人手不足解決に貢献することを目指しています。従来の産業用ロボットに比べて格安で、ティーチングも容易なため、少量多品種生産を行う中小企業への導入が期待されています。
第3は山形県鶴岡市の株式会社メタジェンで、「腸内デザイン®」というコンセプトで病気ゼロの社会を目指しています。便を「茶色い宝石®」と呼び、腸内細菌と代謝物質の分析から個人に合ったヘルスケアを提供します。独自技術「メタボロゲノミクス®」により腸内環境を評価し、カルビーと共同開発した「Body Granola」や明治の「Inner Garden」など、腸内フローラタイプに合わせたパーソナライズド商品を展開しています。
第4は東京都中央区の株式会社ispaceで、15年後に月に人が住む未来を構想し、地球と月を結ぶ宇宙経済圏の創造に挑戦しています。
その他、中小企業や農林水産業者の外国人雇用の最前線、石川県金沢市で400年続く日本酒蔵「福光屋」の伝統と革新、ネクタイで世界的ブランドを目指す笏本縫製の取り組みなども紹介されています。本特集は、ディープテック・スタートアップが日本の未来を創造していく可能性と、それを支える政府・支援機関の取り組みを包括的に示しています。