日本大学の鶴田大輔准教授が、債務不履行(デフォルト)に陥った中小企業の回復要因について、実体要因と金融要因の観点から分析した研究論文です。
研究の背景と目的
2020年以降の新型コロナウイルス感染症拡大時における実質無利子無担保融資(ゼロゼロ融資)により、コロナ禍では中小企業のデフォルトや倒産が大幅に減少しました。しかし、コロナ禍後には中小企業のデフォルト件数および倒産件数が増加傾向にあります。本研究は、一般社団法人CRD協会の中小企業信用リスク情報データベースに収録されている129,783社のデフォルト企業の2000年以降のデータを用いて、デフォルトというイベントが中小企業に与える影響を実証的に分析しました。特に、実物要因(利益率や売上の回復など本業の状況)と金融要因(追加融資や金利減免などの金融支援)のどちらがデフォルト企業の存続とパフォーマンスにより強く影響するかを検証しました。
デフォルト企業と非デフォルト企業の比較
分析の結果、デフォルト後の企業は非デフォルト企業と比較して、借入金変化率、ROA(営業利益/資産合計)、売上高変化率などの指標で劣後することが明らかになりました。特に注目すべき点は、デフォルト後に企業が存続していたとしても、売上高変化率への負の効果が10年以上継続することです。一方、ROAへの負の効果は5年以降は統計的に有意ではなくなります。これは、デフォルトの影響が長期にわたって企業の成長を阻害する一方で、収益性については時間の経過とともに回復の可能性があることを示しています。
デフォルト企業の存続要因
デフォルト企業の存続に影響を与える要因を分析した結果、総資産変化率、ROA、売上高変化率などの実体的な業績指標が存続確率に正の影響を与えることが判明しました。また、経営者の年齢が若く、後継者がいる企業ほどデフォルト後に存続する傾向があります。これは事業承継の準備ができている企業の方が、困難な状況を乗り越える可能性が高いことを示唆しています。興味深いことに、利払いが低下すると存続確率が下がる傾向があり、金利を支払っていない企業は存続可能性が低いことが明らかになりました。
主成分分析による要因の識別
借入金の増加は、追い貸しのような金融支援を受けた場合と、業況が回復して新たな資金需要が発生した場合の両方で観察されるため、金融要因と実物要因を正確に識別することは困難です。そこで本研究では主成分分析を用いて、これらの要因を分離しました。第1主成分は本業が回復し高い金利で借入金を増やしている「金融&実物要因」、第2主成分は本業が回復していないものの低い利払いで借入金を増やしている「金融要因」(いわゆるゾンビ企業)、第3主成分は借入金を減らしながら本業が回復している「実物要因」として解釈されました。
各要因の影響と政策的含意
分析結果によると、金融&実物要因と実物要因は存続確率、事後的なROA、従業員変化率に対してプラスの影響を与えます。一方、金融要因のみでは、これらの指標に対してマイナスの影響を与えることが判明しました。金融要因は売上高変化率にプラスの影響を与えるものの、ROAが上昇しないことから、不採算事業の整理がうまくいっていない可能性が示唆されます。つまり、金融支援は実物要因を伴っていれば効果的ですが、金融要因のみでは中小企業の回復に対して限定的な効果しか持たないことが明らかになりました。
政策的には、デフォルト後に本業の回復が見られない企業に対しては、追加融資よりも積極的な企業の退出に向けた処理が重要であることが示唆されます。特に今後、コロナ禍融資の影響によりデフォルトが増加する可能性がある中、金融機関のみならず中小企業活性化協議会等の関係機関が積極的に債務整理に関与することが期待されます。一方、本業の回復を伴った借入金の増加は事後的なパフォーマンスを向上させることから、デフォルト後の中小企業に対する審査は、その時点の財務状況のみではなく、将来のキャッシュフローを見据えて行うべきであると結論づけています。