経済産業研究所(RIETI)が発表した「日本における排出量取引制度が製造事業所の生産性に与える影響の分析」に関するディスカッション・ペーパーです。東京都と埼玉県の排出量取引制度(ETS)が製造業の生産性に与えた影響を実証的に分析しています。
主要なポイント
1. 研究の概要
- 執筆者:呂冠宇(早稲田大学)、田中健太(武蔵大学)、有村俊秀(RIETIファカルティフェロー)
- 発行日:2025年6月
- 文書番号:25-E-063
- 研究プロジェクト:日本の気候変動対策の総合的研究:GX, EU国境炭素調整と米国の気候変動政策
2. 研究の背景と目的
- 研究対象:東京都と埼玉県の排出量取引制度(ETS)
- 分析焦点:製造事業所の生産性への影響
- 重要性:環境規制と企業生産性の関係を実証的に検証
- 政策的意義:効果的な気候変動緩和戦略の策定に貢献
3. 研究方法
- 使用データ:
- 経済センサス-活動調査
- 工業統計調査
- 分析対象:規制対象・非規制対象の製造事業所
- 測定指標:全要素生産性(TFP: Total Factor Productivity)
- 分析手法:差の差分析(Difference-in-Differences)
4. 主要な発見
- 生産性の向上:
- 規制対象事業所のTFPが上昇
- 非規制対象事業所と比較して有意な改善
- ETSの実施期間中に効果が発現
- ポーター仮説の検証:環境規制が生産性向上を促す可能性を示唆
5. 設備投資の役割
- 投資パターンの違い:
- 規制対象事業所と非規制対象事業所で投資傾向が異なる
- 規制対象事業所では設備更新が促進
- メカニズム:
- 省エネ設備への投資
- 生産プロセスの効率化
- 技術革新の促進
6. 政策的含意
- 環境規制の二重の配当:
- 温室効果ガス削減の達成
- 企業の生産性向上の実現
- 制度設計の重要性:
- 適切に設計されたETSは企業競争力を損なわない
- むしろ技術革新と効率化を促進
7. 日本のETS制度の特徴
- 東京都キャップ&トレード:
- 2010年から実施
- 大規模事業所が対象
- 埼玉県ETS:
- 2011年から実施
- 東京都制度と連携
- 制度の成果:温室効果ガス削減と生産性向上の両立
8. 研究の貢献
- 学術的貢献:
- 日本におけるETSの効果を初めて包括的に分析
- 環境経済学分野への新たな知見提供
- 実務的貢献:
- 政策立案者への実証的エビデンス提供
- 企業の環境戦略策定への示唆
- 国際的意義:他国のETS設計への参考事例
9. 今後の展望
- 研究の拡張:
- 他産業への影響分析
- 長期的効果の検証
- 政策への応用:
- 全国レベルでのETS導入の検討材料
- カーボンプライシング政策の設計
本研究は、環境規制が必ずしも企業の競争力を損なうものではなく、適切に設計された制度は環境保護と経済成長の両立を可能にすることを示した重要な研究です。特に、日本の実例を用いた実証分析により、政策立案に有用なエビデンスを提供しています。 EOF < /dev/null